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2020.04.22

横山光輝『伊賀の影丸 半蔵暗殺帳の巻』 「正義」なき忍者ヒーローの殲滅戦

 服部半蔵の屋敷に潜入した飛騨忍群が奪った巻物――それは公開されれば天下が覆されるほどの力を持つものだった。巻物の半分を奪回した公儀側だが、飛騨忍群の猛攻の前に壊滅状態となり、急遽影丸が呼び戻される。これに対して飛騨忍群も増援を招き、伊賀と飛騨の死闘はエスカレートしていくことに……

 『伊賀の影丸』紹介第5弾は、ある意味そのハードさの頂点とも言うべき内容の「半蔵暗殺帳の巻」であります。

 ある晩、服部半蔵の屋敷に潜入した曲者が奪い取った巻物。公儀隠密との死闘によって曲者は倒れ、巻物は奉行所の役人の手に渡るものの、それを知った半蔵は部下に命じて役人の、さらにはそれを手にした北町奉行の命を奪うことに……

 という(忍者)ヒーローものとは到底思えぬ展開から始まるこのエピソード。さらなる争闘の結果、曲者側と公儀側に半々が渡ったその巻物の内容を、半蔵は五代に渡る服部半蔵が代々果たしてきた、公儀の表沙汰に出来ぬ任務を記したものと語ります。
 そして曲者――かつて半蔵とは幾度も激突したという首領・寒月斎が率いる飛騨忍群(飛騨忍者や次のエピソードに登場する飛騨忍群との関係は不明)は、取り潰された主家の恨みを晴らすため、この巻物を手にせんとしていたのであります。

 異常に腕の立つ刑部・久米丸・霧丸・大三郎の四人の飛騨忍群の前に半蔵屋敷の守りは軽々と突破され、窮地に陥った半蔵は、大坂での任務に当たっていた影丸を急遽召還。
 相手の慢心もあり、影丸一人に倒される四人ですが、寒月斎は独眼房兵馬・不知火内膳・大文字冬心・黒夜叉・卍丸の五人の増援を呼び、これに対して半蔵も伊賀地ごく谷の腕利きである梟の甚内・霞の伊三次・天真・十六夜幻之丞・杢兵衛を招き、全面対決が始まることに……


 そんなわけでスタイルは最終的に六対六のトーナメントバトルとなるこのエピソードですが、忍法帖スタイルのバトルを極めた感のある前の「七つの影法師の巻」に比べると、従来の忍者アクションに回帰した感もあります。
 もちろんアクションの充実振りは言うまでもなく、味方側ゲスト忍者も、その操る術の派手さと特殊性もあってかファンに人気の高い梟の甚内をはじめとして、なかなか個性的なのですが――ラストに味方側の代表選手が影丸以外に三人も生き残る点などを見ると、トーナメントバトルはあまり重視していなかったのではないか、という印象もあります。

 それに代わって(?)強烈に印象に残るのは、戦いの無常さ、ハードさでしょう。もちろんこれまでも、トーナメントバトルのゲーム性の背後で、影丸以外の敵味方の忍者の命はあっさりと消費されていたのですが、今回はこれまで以上に、戦いに潰し合いの側面が強かった印象があります。
 敵の拠点に強襲をかけて一網打尽を狙う、敵の死体に化けて潜入する、倒した敵の死体を晒し者にして誘き寄せる――どれもこれまでのエピソードで登場したシチュエーションと記憶していますが、しかしそれがどこか容赦なく感じられるのです。
(特に遅れて登場した影丸が、飛騨忍群の先発隊四人を相手にした時の戦いぶりなど)

 そもそも、敵の死体を晒し者にするのが味方の側という時点で凄まじいのですが、なによりもこうした印象を持たせるのは間違いなく、この戦いが「正義」のためのものではないことが、結末で巻物の正体がわかる以前に――そもそも冒頭で奉行所の人間が口封じで殺される時点で――感じられるからでしょう。

 巻物に記されている、代々の半蔵が命じられてきた極秘任務の正体――それは、徳川幕府のために邪魔となる者を暗殺してきた記録。
 もちろんこれを利用して天下太平を乱そうというのは「悪」かもしれませんが、しかしそもそもの半蔵の行動自体が後ろ暗いものであって、このエピソードで繰り広げられるのが、それを糊塗するための戦いなのですから、印象が良いはずもないでしょう。
(しかしこの巻物の秘密、エピソードタイトルの時点で判明しているのは今更ながらにどうかと思いますが)

 もちろん忍者に「正義」も「悪」もあったものではないことは言うまでもありませんが、しかし――これまでのエピソードで徐々にそうした側面は見えていたとはいえ――忍者ヒーローものである本作でそれを描いてしまうとは。
 いやむしろ、これは忍者ヒーローものでやったからこその、このインパクトなのでしょう。「七つの影法師」とは別の意味で、本作の頂点と言うべきエピソードであります。


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