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2020.04.02

星野之宣『海帝』第5巻 一つの物語の終わり そして陰の主人公・黒市党の過去

 大艦隊を率いて壮大な航海に旅立った実在の宦官・鄭和の冒険を描く物語も、内容的にこの第5巻であるの区切りを迎えることになります。主である永楽帝の目を盗んでまで、先帝である建文帝とその娘を救わんとする鄭和。その理由は、そしてその結末は――

 永楽帝の命を受け、宝船艦隊の司礼監として遙かな西の国々を目指す鄭和。しかし彼には、永楽帝によって滅ぼされたはずの建文帝とその娘を匿い、海の向こうに逃がすというもう一つの目的がありました。
 しかし永楽帝の腹心である鄭和にとって、建文帝は不倶戴天の敵であったはず。その彼が何故――というその理由を語る物語が、前巻から引き続き、この巻の冒頭で描かれることになります。

 燕王(永楽帝)の命により、南京城内に潜入し、宦官たちを煽動して内応させることとなった鄭和。その策は首尾良く進み、宦官たちの放った火により、南京城は炎に沈むこととなったのですが――その中でただ一人、建文帝を斬りに向かった鄭和は、そこで悲痛な光景を目の当たりにすることになります。
 いや、目の当たりにするのではなく、それは鄭和自身が生み出したもの。そしてそれが、かつて自分自身が燕王にされた仕打ちと同じものであると気付いた時――彼の心は決まったのであります。

 これまで一貫して、人を生かすためにその命を賭けてきた姿が描かれてきた鄭和。そしてその行動の理由は、彼の生い立ち――その燕王に受けた仕打ちに拠るものでした。
 だとすれば、鄭和が自分のような人間を新たに生み出さないために、自らの命を賭けることは何の不思議もありません。それがたとえ燕王の命に逆らい、敵に回すものであったとしても。

 かくて建文帝と娘を救うべく密かな戦いを続けてきた鄭和。その秘密を知る明王朝の秘密機関である西廠の襲撃を受けながらも、ついに錫蘭(セイロン)に到着した鄭和は、そこを建文帝と娘の安住の地としようとするのですが……

 その鄭和の試みがいかなる結末を迎えたか、ここでは述べません。しかし最後の最後に鄭和が望んだもの――それを描いた場面は、本作でも屈指の感動をもたらしてくれたことだけは間違いないと、強く感じます。


 ここで鄭和の航海の大きな目的が一つの結末を見たことになりますが――しかしその先に何が描かれるのかと思えば、艦隊が黒死病患者を乗せた船と遭遇したことをきっかけに、予想もしなかったものが描かれることとなります。射馬九郎率いる黒市党の過去が!

 元々は肥前松浦水軍の流れを汲む武士の一党でありながら、今は倭寇として近隣を荒らす黒市党。しかし彼らは、鄭和に請われたのをきっかけに、自分たちの島を捨て、宝船艦隊の一員に加わることとなります。
 その際、航海に同行できない者たちは皆自害するという壮絶な決意を示した黒市党。彼らにそこまでさせた物は何か。そしてかつて(第1巻で)島を訪れた鄭和が目にした焼け焦げた家々と、九郎が言葉を濁した過去の出来事とは……

 これまでも何度か触れましたが、射馬九郎(いるまくろう)や弖名(てな)、黒市といったネーミング、そして故郷を捨てて海を家とする姿――彼らは作者の初期の名作『ブルーシティ』のセルフオマージュとも言うべき存在であることは間違いないでしょう。
 そして今回、彼らの過去において、さらに最大級のオマージュが描かれることになるとは、嬉しいような驚いたような、何とも複雑な気分であります。

 そしてその内容が、今現在我々を襲っている状況と不気味に重なりつつあるのにもまた、驚くほかありません(執筆タイミング的にはほとんどリアルタイムではありますが……)。
 しかしだからこそ、故郷である青市島(!)を捨てた九郎たち黒市党の決意と心意気が、これまで以上に尊く、そして眩しく感じられるのもまた事実であります。

 その原因や理由は違いますが、全てを失いながらも、なおも自分に残ったものを抱きしめて海に出た黒市党と鄭和は、ある意味同等の存在であり、彼らは本作の陰の主人公と呼んでもよいのではないか――と思ってしまうのは、これは贔屓の引き倒しでしょうか。


 何はともあれ、いよいよこの航海の最後の目的地である古里(カリカット)に向かう鄭和。
 この巻で、本作のタイトルの意味を思わせる台詞があったこともあり、いよいよ物語は結末に向かっていることを予感させますが――一つの旅の終わりに鄭和が、黒市党が何を目にすることになるのか、楽しみにしたいと思います。


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