« 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第20巻 人間と鬼と――肉体と精神の二つの地獄絵図 | トップページ | 和月伸宏『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第4巻 尋問試合!? 次なる実検戦闘は何処 »

2020.05.20

川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第15巻 新たなる力と、史上に残る大敗北と

 劉邦の軍師・張良の戦いを描く『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』も、いよいよ劉邦と項羽の戦いが本格的に始まることとなります。次々と馳せ参じる群雄とともに快進撃を続け、ついに西楚の都・彭城に迫る劉邦ですが、しかしそこにはとんでもない陥穽が……

 韓信を得て漢中から脱出し、進撃を開始した劉邦。それを助けた張良は、一度劉邦の下を離れ、、韓王成から奪い取られた韓の地を見事に奪還。亡き成に勝利を捧げることになります。
 そしてそんな快進撃を続ける劉邦軍に、この巻の冒頭で新たな将が加わることになります。その名は陳平――本作では鴻門の会の際に、張良の言を受け容れて項羽の陣から脱しようとする劉邦を見逃し、恩を売った髭ダンディであります。

 項羽に対して各地で起きる反乱の一つを鎮圧した陳平ですが、降伏した相手が劉邦に寝返ってしまったことから、項羽の処罰を恐れ、身一つで逃亡。以前の縁(恩)を頼って劉邦の下に走ったのであります。
 この辺りの身の処し方を機敏と見るか、調子が良いと見るかはそれぞれですが、しかし謀士としての才は本物なのでしょう。韓信に続き、ここに劉邦は、また一人巨大な力を手にしたといえます。

 ……が、この陳平、どうにも緊張感がないというか、すっとぼけているというか、これまでにいなかったタイプのキャラクター。
 この巻の冒頭で登場した時の「あ~それは困った事になりましたねぇ」という口半開きにした表情の面白さ――そして何よりも、渡し舟で懐のものを狙われ、自分の無一物っぷりを示すために全裸で高笑いしながら(何故)船を漕ぐ姿のインパクトは、彼が色々な意味で只者ではないことをはっきりと示していると言えるでしょう。
(記録に残る史上初の全裸中年男性として――と言いたいところですが、陳平は生年不明なのが残念)


 さて、そんなわけでいよいよ戦力を増していくのに加え、張良の策によって(史記の記載の矛盾を拾って巧みにアレンジしてみせるのが見事)楚の諸将の動きを封じ、項羽が出陣した不在の彭城を奪取した劉邦。
 しかし、この巻に入ってから心配になるくらい死相が出ていた張良は入城直後にダウン――これが大変な事態を引き起こすのは、歴史が示すとおりであります。

 あまりの大勝に気が緩み、略奪と酒池肉林に明け暮れる漢軍。そんな中でも韓信のみは万一のためにそんな乱痴気騒ぎから距離を置いていたのはさすがですが――しかし焼け石に水としか言いようがありません。
 ようやく復活し、韓信の戦力は温存しつつ、戦う前から敗北が決定した戦いを生き延びる策を練る張良。しかし「その日」は予想よりも遙かに早く訪れて……

 というわけで、ここから始まる項羽の大逆襲。彭城に集結した漢軍五十六万に対し、項羽がかき集めた楚軍は僅か三万。しかし戦いを決めるのは数だけではないことを、ここから項羽は証明することになります。
 これまでもその恐るべき狂気と兇気によって周囲を巻き込み、考えられないような戦果を挙げてきた覇王・項羽。その怒りが頂点に達した状態の項羽が、油断しきっていた漢軍に突入してくればどうなるか――火を見るより明らかでしょう。

 「死にたい奴はかかって来い」「ま・・死にたくなくとも殺すがな!!」と強烈な言葉とともに襲いかかる項羽を、果たして万全の状態でも阻むことは出来たかどうか――十万の戦死者が決してオーバーに思えない項羽の説得力は、まさしく本作の収穫の一つでしょう。


 かくして史上に残る大敗北を喫した漢軍。辛うじて項羽の追撃を逃れたものの、果たして最後まで逃げ切ることができるのか、そしてその先に逆襲の目はあるのか――まだまだ張良は楽になれそうもありません。


『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第15巻(川原正敏 講談社月刊少年マガジンコミックス) Amazon

関連記事
 川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』 第1-3巻 史実と伝説の狭間を埋めるフィクション
 川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第4巻 史実の将星たちと虚構の二人の化学反応
 川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第5巻 激突、大力の士vs西楚の覇王!
 川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第6巻 覇王覚醒!? 複雑なる項羽の貌
 川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第7巻 覇王の「狂」、戦場を圧する
 川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第8-9巻 劉邦を囲む人々、劉邦の戦の流儀
 川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第10巻 最終決戦目前! 素顔の張良と仲間たちの絆
 川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第11巻 歴史を動かす一人の男の「侠」
 川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第12巻 史記から一歩、いや大跳躍の鴻門の会
 川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第13巻 もう一人の大愚から羽ばたく翼
 川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第14巻 龍の両翼の戦い始まる

|

« 吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第20巻 人間と鬼と――肉体と精神の二つの地獄絵図 | トップページ | 和月伸宏『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚・北海道編』第4巻 尋問試合!? 次なる実検戦闘は何処 »