宮本昌孝『武商諜人』(その三) まぼろしの作品に見る作者の歩み
宮本昌孝の単行本未収録作品集の全作品紹介のラストは、江戸・明治・現代(!?)を舞台とした、いずれも趣向豊かな三つの作品を紹介いたします。
『金色の涙』
ようやく子供が出来た知り合いと呑んだ帰りに、何者かに襲われた吉原者の銀次。その相手は、銀次が岡場所の取り締まりの際に捕らえ、余罪から流刑になったはずの女郎・千金と仲間たちでありました。
何故千金が自分を狙ってきたのか調べ始めた銀次は、意外な事実を知ることに……
ドラマ化もされた作者の長編『夏雲あがれ』のスピンオフである本作は、同作で青年武士たちを助けて活躍した吉原の好漢・銀次を主人公とした人情ものであります。
吉原や岡場所といった世界を背景に展開していく物語が進んでいくにつれて明らかになっていくヒロインの真実。その辛くやるせない姿には胸が塞がる思いですが、無情に見えた物語が、結末において見せる一片の救いには、大きなカタルシスがあります。
本作は色をモチーフとしたアンソロジー『COLORS』に収録された作品ですが、そのタイトル通りの涙が、結末においてある変化を見せる、「泣かせる」物語です。
『明治烈婦剣』
戊辰戦争で剣豪だった父を失い、辛酸を舐めて育ったけい。華族を次々と失い最後に残った兄を三島通庸のボディーガード・ジェイク沢木に殺された彼女は、仇討ちのために撃剣興行の一座に転がり込み、剣の修行に励むことになります。
修行を終え、師から与えられた名刀・軒柱を手に東京に出たけいは、師の師である榊原鍵吉のもとに身を寄せつつ、三島の身辺を探るのですが……
名刀とも妖刀ともいうべき刀・軒柱が、鎌倉から昭和にかけて様々な人々の手を転々とする様を七人の作家が描いた『運命の剣 のきばしら』の明治編に当たる本作は、作者らしい凜然とした女性剣士の仇討ちを描く一編であります。
戊辰戦争後の会津藩の人々を襲った苦難を背景とする本作は、仇討ちものであるだけに物語には重く辛い展開も少なくないのですが――捨てる神あれば拾う神あり、彼女に味方する人々の善意の存在が、それを上回る爽快な味わいを生み出しています。
また、短編ながら歴史上の人物を数多く配置してみせる巧みさや、仇が労咳病みの無頼のガンマンという良い意味の過剰さも良いのですが、何よりも主人公の初恋の相手である「四郎」の使い方が見事。
彼の正体は登場した場面で明白なのですが、その存在に頼ることなく、実に粋な形で(そして史実通りに!)物語をまとめてみせるのには脱帽です。エンターテイメントとしての完成度では、間違いなく本書一でしょう。
『まんぼの遺産』
祖母の葬儀のために祖母の家に向かった作家の「僕」が、昔からあった黒い長櫃の中から見つけた古文書「御湯放記」。これを書いたのが公人朝夕人の土田氏でないかと推理した「僕」は、霊感のある大学の後輩とともに、文書の解読を始めるのですが……
巻末に収録されているのは、本書の中でも最も古い1992年の作品――しかも舞台は基本的に現代、今でいうライトノベル誌である「グリフォン」に掲載されたという異色ずくめの作品です。
祖先の家から見つけた古文書に驚くべき内容が――という導入部はある意味定番ではありますが、本作で描かれるのは、江戸時代のあまりに有名な事件のある真相。それがまた実に脱力ものなのですが――この辺りは作中でも言及される作者の『旗本花咲男』の流れでしょうか。
実は本作の主人公「僕」は作者自身で、作中で自作や周囲の人間に言及されるというユニークな本作。作中で言及される「室町末期を舞台にした大長編」は、発表時期から見て間違いなく『剣豪将軍義輝』のことでしょう。
作者が歴史時代小説家としての作者の出世作にして代表作の執筆と並行して、このようなユニークな事件に巻き込まれていた――あ、いや、ユニークな作品を発表していたというのは実に興味深いところであります。
作者の歴史時代小説家としての歩みを一望の下にした本書の掉尾を飾るのに、相応しい作品であると感じます。
『武商諜人』(宮本昌孝 中公文庫) Amazon
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