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2020.05.14

清原なつの『飛鳥昔語り』 有間皇子と我々の青春の痛み、そして悲劇の先の小さな救い

 日本の古代史上でも悲劇として知られる有間皇子の最期。その有間皇子の生涯を題材とした、大ベテラン漫画家の初期の名作歴史――SF漫画であります。

 孝徳天皇の皇子として生まれた有間皇子。しかし父帝は甥の中大兄皇子(後の天智天皇)と対立、帝が遷都した難波宮から中大兄皇子や廷臣たちさらには皇后までもが去り、失意の中で亡くなることとなります。
 残された有間皇子は、政争に巻き込まれることを恐れて心の病を装っていたものの、中大兄皇子の意を受けて近づいてきた蘇我赤兄にのせられて挙兵、しかし計画は事前に露見し、19歳にして絞首刑に処された……

 本作は、そんな有間皇子の生涯を、一点を除いてほぼ忠実に描く物語ではありますが――そのタッチはあくまでもギャグ交じりで軽妙。現代語もひょいひょいと混じり、悲壮感をさして感じさせずに物語は展開していくことになります。
 しかしそれはあくまでも表向きのこと。本作はまた異なる形で、有間皇子の悲しみを描くのです。


 心の病を装っている最中、可憐な渡来人の少女・沙羅と出会った皇子。
 自分の身を守るためとはいえ、狂気の陰に本来の自分を隠してきた皇子にとって、大和の権力争いとは無関係であり、純粋無垢な沙羅の存在は、大きな救いとして感じられるようになるのでした。

 しかしそんな彼女すら、時に疑いの目で見ていることに耐えきれなくなっていく皇子。いつ終わるとも知れぬ疑いの日々に終止符を打つため、皇子は正気に戻ることを決意するのですが……

 先に述べた通り、心の病を装って周囲から自分の身を守ってきたものを、途中でかなぐり捨てて蜂起し、失敗した皇子。それは蘇我赤兄にのせられたとはいえ、勝算を持って――そして野心を持って――行ったものであろうと想像できます。
 しかし本作の皇子は、勝算などないことは理解の上で、狂気の仮面を捨てることを選ぶのです。周囲を疑い続けることを止めるために――そして何よりも、本当の自分であるために。


 私の手元にあるのは、ハヤカワコミック文庫版の単行本ですが、同書に収録されている本作以外の作品はほとんどが現代ものですが、これらの作品に共通するのは、いずれも青春の喜びと悲しみ、輝きと痛み――自分が自分らしく、自分の心のままに生きようとした時に出会うそれらの感情であると感じます。

 そして現代から遠く離れた古代を描いた本作においても、それは変わらないといえるでしょう。自分が自分らしく生きたい、自分が愛する者と正面から向き合いたい――そんないかにも若者らしい想いに突き動かされる皇子の姿は、本書の他の作品の若者たちの姿と、更に言えばそれに共感を抱く我々読者の姿と、何ら変わることがないと感じます。

 そしてそれは、本作が名作として多くの人々に愛されている所以(の一つ)なのではないでしょうか


 しかし、皇子のその選択の結果は、青春の痛み、などという詩的な言葉では済まされないものがあることは言うまでもありません。何しろその代償は、彼自身の命なのですから。
 そして本作はその結末をどのように描いてみせるのか――と思いきや、そこに待っているのは全く思いもよらぬ飛躍。なるほど、冒頭の引用にはそんな意味が――と、驚いたり呆れたり、そして何よりも嬉しくなったり……

 青春の悲劇の先の小さな(?)救いが、何とも心地よい後味をもたらしてくれる名品であります。


『飛鳥昔語り』(清原なつの ハヤカワコミック文庫) Amazon

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