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2020.05.19

吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第20巻 人間と鬼と――肉体と精神の二つの地獄絵図

 ついに連載の方は大団円を迎えた『鬼滅の刃』ですが、単行本はいよいよ無限城決戦もクライマックスに突入――上弦の壱・黒死牟との戦いが一巻丸ごと使って描かれることとなります。挑むは四人の鬼殺隊士――それもそのうち三人は柱。しかし最強の敵との戦いは終わらぬ地獄絵図の様相を呈することに……

 猗窩座と童磨を倒し、鬼舞辻無惨まで残るは実質黒死牟のみ、という状況まで追い込んだ鬼殺隊ですが――しかしついに出陣した黒死牟の実力は、まさしく次元が違うとしかいいようがありません。
 柱の中でも屈指の実力者である霞柱・時透無一郎の片腕を一瞬のうちに奪い、駆けつけた不死川玄弥を両断。さらに怒れる風柱・不死川実弥、鬼殺隊最強の岩柱・悲鳴嶼行冥という二人を相手にしながらも完全に優位に戦いを進めるのですから、その力を何と評すべきか……

 それもそのはず――と言うべきか、人間であった頃の黒死牟は月の呼吸の剣士にして痣を持つ者。炭治郎が死闘の中で会得した「透明な世界」にも目覚めており、さらに血鬼術で自らの刀の伸ばした上に幾本もの刃を生やし、そしてその上――と、書いているこちらの方が厭になるような異常な力の持ち主であります。
 そんな相手が刀から無数の三日月状の刃を飛ばしてくる様は、剣戟というよりももはや弾幕シューティングゲーム。回避するのもやっとの状態で、弱点を斬るどころか、どうすれば相手に攻撃できるのかすらわからない――そんな悪夢のような状況なのです。


 そしてこの死闘の最中に徐々に明らかになっていくのは、黒死牟の過去――そして日の呼吸の剣士の過去。黒死牟の人間であった頃の名は継国巌勝、そして日の呼吸の剣士の名は継国縁壱――そう、二人は双子の兄弟だったのであります。
 名のある武士の家に生まれながらも、嫡男として何不自由なく暮らす巌勝と、忌むべき子として寺で生涯を終える運命が待つ縁壱。しかし巌勝がある日知ることになったのは、下に見ていた弟が、剣技をはじめ、全てにおいて自分よりも遙かに勝る存在であったことで……

 ある意味、本作を本作たらしめているとも言うべき、「鬼」の設定――すなわち「鬼」がかつては「人間」であったという事実。
 それは、鬼が単なる倒すべき人外の異物などではなく、かつては我々と同じ人間、鬼に変わらずにはいられなかった人間であることを示すものであり――そして戦いの最中に、あるいは結末で語られるその事実は、物語に大きなドラマ性を与えているといえるでしょう。

 そしてここで語られる黒死牟の、巌勝の過去は――形の上では、自分よりも遙かに勝る弟に嫉妬した末、自らの敵である無惨の軍門に降り、かつての同胞を次々と手にかけた、まさしく人でなしのそれといえるかもしれません。
 しかし、その弟が、生まれながらにして異常な力を持つ天才――いや、人間の枠を大きくはみ出た超人の如き存在であったとしたら。にもかかわらずそれを鼻にかけることなく、それどころか兄である自分を一心に敬愛していたとしたら……

 そんな弟を前に自分が自分であるためには、「鬼」に――弟がその側に立つ「人間」とは違う存在にならなければならない。そう考えてしまった巌勝は、もちろんどこかで決定的に間違えてはいるのでしょう。
 しかしそれでは彼はどうするべきであったのか。肉親の情愛と、それとは裏返しの嫉妬――極めて人間的な感情が、最強の鬼を生み出してしまったという事実は、何とも苦いものを感じさせるのです。


 多くの血が流れ、幾人もの命が喪われたという肉体的なものだけでなく、人間であることの苦しみと哀しみという精神的なもの――二つの地獄絵図が描かれたこの巻。
 ある意味、これまでで最も読むのが辛い巻であった――つくづくそう感じます。


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