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2020.05.24

横山光輝『伊賀の影丸 邪鬼秘帖の巻』 影丸と邪鬼 宿敵同士がお家騒動に挑む異色編

 秋月藩で横行する辻斬り――その正体は、お家乗っ取りを企む次席家老・黒木弾正に雇われた阿魔野邪鬼ら四人の武芸者だった。ついに主席家老まで暗殺された中、江戸から派遣された影丸は、武芸者たちと対決する。さらに、口封じを企む黒木弾正が雇った忍者集団・土蜘蛛党が両者を狙うことに……

 『伊賀の影丸』全エピソード紹介の第七弾は、ある意味異色作の『邪鬼秘帖の巻』。タイトルから察せられるとおり、あの不死身の甲賀忍者・阿魔野邪鬼が三度登場するのですが――準主役として、これまでとは少々変わった役回りを果たすことになります。

 舞台となるのは城主が原因不明の病気に見舞われ、床から離れられない状態にある秋月藩。さらに主席家老が辻斬りに殺され、幼い藩主の嫡男までもが何者かに命を狙われる――という、まず典型的なお家騒動になりそうな状況にある藩です。
 ……そう、このエピソードはまさしくお家騒動もの。藩内の不穏な動きを察知した服部半蔵から派遣された影丸は、お家乗っ取りを企む次席家老の黒木弾正の陰謀に立ち向かうのであります。

 それでは邪鬼はといえば、黒木弾正が雇った四人の凄腕武芸者の一人として登場することになります。
 自分を含めた甲賀七人衆が影丸に敗れて若葉藩は改易、その後由比正雪と影丸の戦いに割って入るもこの時も一歩及ばず――と、その後どうやら自分の腕を頼りに諸国を放浪していたと思しき邪鬼。ここであからさまに悪人の弾正に雇われ、人斬りをしているというのも、邪鬼らしいと言えば言えます。

 もっとも200年生きているという彼にとっては、この稼業にも特に拘りがないらしく、同僚の他の三人が金だ酒だと言っているのにも一歩引いた形でクールさを崩さないのもまた「らしい」ところ。
 そんなある意味自由な立場の彼の存在が、物語をかき回していくことになるのです。


 さて、物語は影丸と邪鬼たちの戦いで展開していく――と思いきや、面白いのはここで両者共通の敵として、土蜘蛛党なる忍者集団が登場することでしょう。
 藩を探りに来た影丸と、自分を強請にかかるようになってきた雇われ武芸者たち――その双方を除くため弾正に雇われた土蜘蛛党。かくて展開する、影丸と邪鬼、そして土蜘蛛党の三つ巴の戦いが、お家騒動という定番の物語を複雑に、そしてより面白くしているのです。

 そして何よりも盛り上がるのは、こうした戦いの中で、影丸と邪鬼の共闘――とまではいかないものの、お互いが相手を好敵手として意識し、それぞれの危機にフォローに入るくだりでしょう。
 特に邪鬼はラストに至り、別にお前が好きだから助けたわけじゃないからね! と見事なツンデレぶりを発揮。お約束の倒されて復活――という展開もあるため、影丸に比べると少々割りを食った印象もありますが、終始このエピソードでは邪鬼が楽しそうにしているのが、何だかこちらも嬉しくなってくるのであります。


 その一方で、忍者アクションとしては、土蜘蛛党が集団戦主体であること、名のある敵が頭領の幻斎坊と小頭の勘助しかいない(しかも勘助は途中でフェードアウト)こともあり今ひとつに感じられるのですが――その代わり、邪鬼以外の三人の武芸者が、槍・鎖鎌・刀とそれぞれの得物で、並みの忍者では歯が立たない強豪ぶりを見せてくれるのが楽しい。
 忍者ものである、武士の活躍がほとんど見られない本作ですが、そんなこともあってここで描かれる手練れの武士のアクションは実に新鮮で、この点も、定番のようでいてユニークなこのエピソードを盛り上げる一因となっているといえるでしょう。

 一方、忍者アクションの方は、後日譚である『土蜘蛛五人衆の巻』で描かれることとなりますが――こういう物語の引きも含め、やはり本作の中では異色のエピソードであります。


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