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2020.05.10

長岡マキ子『降霊会の夜に謎解きを 執事と令嬢の帝都怪奇録』 少女が挑む謎と怪奇と自由への道

 半年前、何者かに父と使用人13人を惨殺された嵯杏院伯爵家令嬢・薔子。事件の真相を求め、自分と共に生き残った執事の統真と探偵業を始めた薔子は、ある日東雲子爵の未亡人・優子からの失せ物探しの依頼を受ける。しかし事件は思わぬ方向に展開し、やがて薔子と統真の追うものにも関わることに……

 ちょっとお転婆な令嬢と、イケメンで毒舌な執事が探偵役となるライトミステリ――と思えば、意外なまでにオカルト展開に驚かされる特異な明治ものであります。

 邸宅に執事の藤代統真とただ二人住み、探偵業を営む嵯杏院薔子――彼女が伯爵令嬢とも思えぬ境遇に身を置いているのは、半年前に嵯杏院家を襲った惨劇のため。
 クリスマス・イブの晩に日本刀を持った何者かが屋敷を襲い、「東洋のメフィストフェレス」と異名を取った嵯杏院伯爵と使用人たち、合わせて十三人を惨殺。生き残ったのは薔子と重傷を負った統真のみだったのです。

 奇妙にもその時の詳細を思い出せない薔子と統真ですが、何としても真相を掴みたい――と始めたのが探偵業。そして今回、薔子の元婚約者が持ち込んだのは、とかくの噂がある東雲公爵家にまつわる事件であります。
 二日前に三人の貴族が毒殺された東雲公爵家。今回の依頼はその調査、ではなく公爵の未亡人・優子のもとから紛失した黄金のイエス像探し――にかこつけた夫人の信仰調査だったのです。

 上流階級の間で流行する「ピラミッド・ルール」なる怪しげな新興宗教。夫人がこの宗教の信徒・ピラミディアンであることの証拠を掴んで欲しい――その依頼を受けて、公爵家に向かった二人ですが、夫人から向けられたのは意外なまでの敵意でありました。
 それにも負けず、何やら妙なムードの漂う公爵家の調査を進め、首尾良くイエス像を見つけ出した薔子。が、それは始まりに過ぎなかったのであります。

 夫人が密かに開いていた「サロン」とは。行く先々に現れる白い仮面に金髪の男の正体は。吉原にいた夫人の隠された過去とは。嵯杏院邸の地下室に隠されていたものとは。そして薔子たちが招かれた九里公爵家の仮面舞踏会で待つものは……


 冒頭に述べたように、令嬢と執事の探偵ものという読む前の印象が、一読すれば大きく変わってくる本作。もちろんミステリとしての要素はしっかり存在するものの、副題の「怪奇」――すなわちオカルト的な要素が、物語の中では大きな要素を占めているのです。

 その象徴が、物語の各章の間に挟まれる「魂の章」と冠された部分でしょう。章題にある人物の一人称で語られるこのパート――実はその人物というのは全て故人、すなわち死者の語りなのですから。
 その意味では一見アンフェアに見えるかもしれませんが、しかし本作においてはその怪奇の事件の背後に存在する人間心理や人間関係を、論理的に解き明かすという意味で、ミステリとして成立していることは間違いありません。

 そしてまた、この点以上に物語のイメージを大きく変えるのは、作中で描かれるその人間心理や人間関係の生々しさでしょうか。
 これは物語の核心に触れる部分も少なくないために詳細は伏せますが、作中で描かれるこれら――時に悪徳と呼ぶべきそれ――は、決して露骨に描かれているわけではないものの、大袈裟に言えばライト文芸という域を超えたものと感じます。


 しかし、こうした要素にもかかわらず、本作から受ける印象が決してネガティブなものに終わらないのは、これは作中で描かれる薔子の成長によることが大きいでしょう。
 それまで華族の令嬢として何不自由なく暮らし、それに疑問を抱いてこなかった薔子。しかしあの惨劇によって実質的に家を喪った彼女の目に映るものは、「華族の令嬢」という立場から見えてこなかったもの――ある種の自由であり、自主性とでも言うべきものであります。

 もちろん、それまでの彼女の身分を「籠の中の鳥」と嘆くのは、これは持てる者の傲慢さと言えるかもしれません。しかし女性が女性として――人が人として生きることを望むことは誰に否定されるものでもなく、そしてそれを選ぶことが難しかった時代に、薔子が選んだ道は大いに共感できるものでしょう。

 そしてそんな薔子の姿は、先に述べた一種独特の要素――非現実的な怪異の世界、あるいは生々しい人間の欲望の世界があるからこそ、より際だって美しく気高く感じられるものでもあります。
 怪奇ミステリでありつつも、同時に一人の少女の成長譚でもある(さらにいえば、この時代が舞台となる必然性もある)、隠れた佳品と言うべき作品です。


『降霊会の夜に謎解きを 執事と令嬢の帝都怪奇録』(長岡マキ子 富士見L文庫) Amazon

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