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2020.05.26

原哲夫『いくさの子 織田三郎信長伝』第14巻 小さな戦の二つの大きな出来事

 いよいようつけの仮面をかなぐり捨て、戦国の世に立つこととなった信長。その視線の先にあるのは、当然ながら今川義元であります。尾張に侵攻する今川方が築いた砦に挑む信長は、本領発揮の戦を繰り広げるのですが……

 相変わらず尾張の内憂外患が続く中、萱津の戦で勝利を収め、真の姿の一端を示した信長。それを警戒する美濃の斎藤道三との対面を、平手政秀の切腹という大きな犠牲によって実現した信長は、その桁外れの器の大きさを見せ、道三を味方につけることに成功するのでした。
 さて、美濃の憂いがなくなったところで、挑む相手は今川義元と、今川方に靡く尾張の諸将たち――というわけでこの巻で描かれるのは村木城の戦であります。……と言われても「?」となる方も多いと思いますが、この戦国史から見れば小さな戦では、二つの大きな出来事が起きており、そしてそれは本作においても存分に活かされているのです。


 尾張と駿河の境に位置し、今は織田方に属する水野信元の緒川城を攻めるため、今川方が築いた村木砦。砦といっても鉄桶の構え、さらにはその砦に続く陸路は、今川方に寝返った諸将によって寸断された状態にあります。
 この状況で敵の油断を突くため、信長は荒れ狂う海に乗り出すという源義経のような手段に打って出ると、信元そして叔父の織田信光(本作ではかなりいい人)と共に、三方から砦を攻めるのですが――たどり着いたはいいものの、砦は難攻不落。これを落とすための信長の切り札――それこそが鉄砲であります。かつて織田家当主となって初の戦いである赤塚の戦いでは封印していた鉄砲を、ここに至りついに信長はフル活用するのです。

 相手の矢の届かないところに陣取り、相手が顔を見せたところに斉射を食らわせる――いかにも信長らしい合理的かつ慎重な戦法ですが、食らう方はたまったものではありません。実にこの戦は信長が実戦で鉄砲を使った初めての戦と言われており、後の信長の戦で鉄砲が果たした役割を思えば、この出来事が大きな成功体験であったと言えるのではないでしょうか。


 しかし、それだけでは戦には勝てません。鉄砲で相手を怯ませ、その隙に壁を乗り越えて中に突入し、門をこじ開ける――城攻めの定石ですが、それがどれだけ危険であるかは言うまでもないでしょう。もちろんそれを恐れるような信長の母羅衆ではありませんが、しかしそこでついに、大きな犠牲が支払われることとなります。

 ここで描かれるのは、以前から信長に従ってきた二人の男の死――うち一人は、正直なところこれまであまり目立った活躍はなかったのですが(信長のリアクションも小さくて切ない)、もう一人は、物語のかなり初期から信長とともに冒険を繰り広げてきたレギュラーであり、ここで命を落とすとは、かなり意外な展開でありました。

 戦には勝ったものの、彼らを初めとする多くの犠牲に、さすがに衝撃を隠せない信長。その彼の目には熱い涙が……
 実はこの戦の結末は、太田牛一の「信長公記」でも珍しい、信長が「泣いた」と記録されている特徴的な出来事。意地の悪い見方をすれば、そこから逆算しての――という気がしないでもありませんが、これまで快進撃を続けてきた信長が、涙を見せるに相応しい場面であることは間違いありません。


 そして去る者がいれば、来る者――来るサルあり。そう、ここでついにあの男が――信長に猿と呼ばれ、愛された人物が登場することになります。
 正直なところ、ここでの登場はいささか唐突感は否めないのですが――あるいは彼が後のこの人物では? というキャラが二人ほどいただけに――まずは本作らしいデザインで(それでいていきなり結構エグい策を実行したりして)、先が楽しみなキャラクターであることは間違いありません。

 そして信長が戦と成長を続ける中、相変わらず悪役一直線の信行とその周辺ですが、ただ一人、柴田勝家のみは信長の勝利に感じ入ったことがある様子。
 これがこの先どのような展開に繋がるか――その辺りは次巻のお楽しみであります。


『いくさの子 織田三郎信長伝』第14巻 (原哲夫&熊谷雄太&北原星望 徳間書店ゼノンコミックス) Amazon

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