栗原ちひろ『有閑貴族エリオットの幽雅な事件簿』 生者と幽霊の交わるところに幽霊男爵が見るもの
社交界で浮名を流す青年貴族エリオット――彼には「幽霊男爵」なる奇妙な通り名があった。美貌の忠僕コニーを供に、心霊絡みの噂があるところに現れては、心霊事件の陰のトリックを暴いていくエリオット。この世ならざるものを見る彼の瞳に映るものは……
19世紀末英国――ヴィクトリア朝時代の英国というのはやはり魅力的に映るものか、我が国においてもこの時代を舞台とした物語は数多く発表されています。そこに新たに加わった何ともユニークな物語が本作です。
博物学と美しい女性を愛し、悠々自適の生活を送る美貌の男爵エリオット。その彼がもう一つ愛するのは心霊的な事件――ロンドン中の心霊がらみの会には必ず顔を出すことから、ついた通り名が「幽霊男爵」であります。
そんな彼がある日聞きつけたのは、あまりの恐ろしさの故に、終わった後に誰もその降霊会であったことを語らないという「沈黙の交霊会」。早速その交霊会に参加すべく手立てを探すエリオットですが――丁度そこに訪ねてきたのは、その交霊会でなくした、あるものを探して欲しいという若い女性でした。
主催者も、出席者も、その場で何があったかも、なくしたものが何かも語れないが、場所は案内できるという彼女に導かれ、交霊会に向かったエリオットを待つものは……
そんな第1話「交霊会と消えた婚約指輪の謎」に始まる、短編連作スタイルの本作。幽霊を生者のようにはっきりと見る力を持つエリオットが、サーカス出身の美少年ボーイ・コニー(エリオットほどではないにせよ見える少年)をお供に、様々な怪奇事件に挑む姿が、全5話で描かれることになります。
関係者が次々と死を遂げ、周囲で怪現象が頻発するというミイラの解包ショーの謎に挑む「ミイラの呪いと骨の伝言」
自分同様に見る力を持つ少女との出会いをきっかけに、無数の子供たちの幽霊が集まる修道院跡に潜む陰惨な過去を探る「修道院の謎と愛の誓い」
親友の誘いがきっかけで訪れた、女性のヒステリー治療法を開発したという精神病院で思わぬ危機に遭遇する「病める人々と癒やしの手」
休暇をもらったコニーが、幽霊が子供を攫うという劇場を訪れたことで巻き込まれた事件と、彼の過去を描く「天井桟敷の天使たち」
これらのエピソードに共通するのは、生者と幽霊、それぞれの存在と思惑が絡み合い、複雑な事件を生み出していることでしょう。
幽霊をダシにインチキを仕掛ける者たちを許さないエリオットですが、その背後には本物の幽霊が関わっていたり、あるいは幽霊たちが関わる事件に生者の存在が絡んでいたり――そんな事件の数々を、エリオットがその目と頭脳で挑む姿は、ホラーとして、そしてミステリとして、独特の魅力を持ちます。
そんなわけでホラーミステリ(ミステリホラー?)が大好物の私には堪らない作品なのですが――その中でも特に強烈な印象を残したのは(上記のスタイルとは微妙に外れる部分もあるのですが)第3話です。
子供の幽霊(ゲストの見える少女・リリアンがこれを「天使」と無邪気に評するのも印象深い)が無数に集まる地というだけでもユニークなのに、その理由がまた強烈。そしてさらにそこで起きる別の怪奇現象に、複雑怪奇な因縁が潜んで――と実に盛りだくさんなホラー+ミステリの逸品なのです。
(クライマックスで明かされる、本作ならではの「トリック」もお見事!)
そんな本作は、きっちりとホラーの味わいを出しつつも、それでいてエリオットのキャラクターの面白さもあり、どこか軽妙で長閑さすら感じさせるムードもあるのが、また巧みと感じるのですが――しかしそれだけで終わらないのが、本作の最大の魅力であります。
上で述べたとおり、本作で描かれるのは、幽霊が絡みつつもあくまでも現実の事件――そこで描かれるのは、実に「生々しい」人間の欲望や情念、そしてその犠牲になった人々、翻弄された人々の姿であります。
そう、本作はライトミステリ的な要素を持ちつつ、そこで描かれるものは極めて重く、苦いものであります。そしてそれは、例えば第4話のように、この時代ならではの――しかし現代にもそれは形を変えて残っているようなものであることが、また印象的なのです。
それはまた、エリオットやコニーの壮絶な過去にもまた関わるものでもあります。しかしだからこそ、それを背負い、そしてそこから自分の「生」の意味を見出すために、数々の「死」にまつわる事件に挑むエリオットの姿が眩しく、そして優しく感じられるのもまた事実であります。
生者と幽霊の、生と死の交わるところに何が生まれるのか――幽霊男爵にはまだまだその大いなる謎に挑んでいただきたいものです。
『有閑貴族エリオットの幽雅な事件簿』(栗原ちひろ 集英社オレンジ文庫) Amazon
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