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2020.05.09

赤神諒『北前船用心棒 赤穂ノ湊 犬侍見参』 出し惜しみ一切なしの忠臣蔵異聞開幕!

 生類憐みの令に人々が苦しむ元禄時代、犬を自在に操り最強の侍として知られる犬侍の一人・千日前伊十郎は、北前船・蓬莱丸の用心棒に雇われる。乗り組み早々、炊(炊事役)の権左とともに、改易直後の赤穂に買い付けした塩の受け取りに向かった伊十郎だが、次々と厄介事に巻き込まれることに……

 「大友サーガ」を初めとしてフレッシュな歴史小説を次々と発表している作者初の文庫書き下ろし時代小説は、忠臣蔵異聞とも言うべき極めてユニークな作品です。
 何しろ本作の中心になるのが、タイトルにもある「犬侍」なる存在。本作の舞台となるのは犬公方と呼ばれた綱吉の生類憐れみの令が猛威を振るい、犬がお犬様と呼ばれた元禄時代――その犬を従えた武士が、犬侍なのであります。

 なるほど、お犬様を手にかければ首が飛ぶというこの時代、犬を盾にされれば攻撃しようがない――というだけでなく、犬にそれぞれの技を仕込み、攻防自在の存在として操るのが、百八の流派に分かれて全国に存在するいう犬侍。
 そしてその中でも最強の天下六犬士の一人が、主人公たる千日前伊十郎――と、基本設定の時点でKOされそうなパワフルさではありませんか。

 しかし「犬侍」といえば、普通はネガティブな意味で使われる言葉。そして本作における意味でも、彼らはどこか得体の知れぬ存在として周囲からは畏怖と敬遠が入り交じった目で見られることとなります。
 ところがこの伊十郎は、酒と煙草と羊羹をこよなく愛し、誰に対しても偉ぶることのない飄々とした好漢。それでいてとてつもなく重く哀しい過去(この辺りは文庫書き下ろし時代小説的)を持つという、実に魅力的なキャラクターなのであります。


 さて、その伊十郎が本作で挑む事件も一筋縄ではいきません。用心棒として彼が乗り込むこととなった北前船・蓬莱丸は、一流の腕利きのみを集めながら、どのようなバックがあるか得体の知れない船。そんな蓬莱丸で新米に属する炊(炊事役)の少年・権左とともに、伊十郎は赤穂に向かうことになります。

 昨年、赤穂で塩を買い付けた蓬莱丸。しかしつい先日、藩は松の廊下の刃傷で改易が決定し、今まさに藩内が恭順開城派・籠城玉砕派・殉死嘆願派・復仇派の四つに分かれて大混乱の状況にあります。
 そんな中で塩を無事に受け取り、持ち帰ることができるか――しかもその交渉相手は吝嗇かつ貪欲で知られる次席家老の大野九郎兵衛。はたして権左と伊十郎は、九郎兵衛に散々振り回された上に、藩内のもめ事に次々と巻き込まれることになります。

 さらに九郎兵衛が秘匿するという塩の製法の秘伝を記したという巻物を狙い、甲斐犬を従えた犬侍・黒虎毛が出現。同じ犬侍を相手に、さしもの伊十郎も苦戦を強いられることに……


 というわけで、本作の題材となっているのは、忠臣蔵の物語においても、まだまだ浪士たちの討ち入りまでは間がある赤穂城明け渡しのくだり。しかし、派手さはないものの、城明け渡しがどれだけの難事であるかは、事務仕事に従事している現代人の方がむしろ理解し易いかもしれません。

 そしてそんな物語世界のいわば史実サイドの中心となるのは、この城明け渡しの中心となった大石内蔵助と大野九郎兵衛の家老コンビ。本作では昼行灯に夏火鉢と、あまりありがたくない渾名で呼ばれる二人ですが、しかし――という、典型的な描写に終わらない人物造形の面白さ、着眼点の巧みさは、歴史小説家としての作者の手腕でしょう。

 そしてそれに留まらず、前述の塩の秘伝書争奪戦という趣向や、そもそもの松の廊下の刃傷の真相、さらには生類憐みの令の背後の存在、次代将軍を巡る紀文・鴻池・柳沢の密謀と伝奇的な方向にも物語はどんどんエスカレート。
 それに加えて伊十郎の運命を変えた事件や行方不明の権左の父の行方、次なる目的地・下津井に眠る謎の存在と、今後の伏線もガンガン張られ、とにかく全てにおいて出し惜しみなし、というほかありません。


 はじめはその勢いに戸惑うかもしれませんが、一度乗ってしまえば止まらないこと間違いなしの本作。ぜひともこの世界の赤穂浪士たちの辿り着くところを、そしてその背後での犬侍・千日前伊十郎の活躍を見てみたい――そう思わずにはいられない快作であります。


『北前船用心棒 赤穂ノ湊 犬侍見参』(赤神諒 小学館文庫) Amazon

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