久正人『ジャバウォッキー』第1-2巻 恐竜+伝奇+……唯一無二の大活劇!
英国工作員のリリーは、任務中、二足歩行する恐竜たちと遭遇し、窮地に陥ったところを、同じく恐竜のガンマン・サバタに救われる。恐竜たちが絶滅せず進化し、歴史の背後で暗躍していることを知ったリリーは、サバタが所属する結社「イフの城」に加わり、彼とともに恐竜たちの様々な陰謀に挑む……!
今頃の紹介で本当に恐縮ですが、こんなご時世には痛快な伝奇活劇を――というわけで、19世紀末を舞台に人間と恐竜が繰り広げる一大伝奇スパイアクションのご紹介であります。
ロシア皇帝のもとから何者かに奪われた王権の証・宝珠を何故か追うことになった英国情報部の工作員リリー・アプリコット。首尾よく宝珠を発見し、立ち塞がる相手の脳天を短剣で一撃! と思いきや粉々に砕ける短剣。
何とリリーが襲った相手の顔は、等身大の爬虫類――いや恐竜のそれ。二足歩行し、人間の服に身を包んだ恐竜たちに包囲されたリリーは、その場に突入してきた謎のガンマンの援護で辛うじて脱出に成功するのですが――その相手の正体もまた恐竜だったのであります。
白亜期末期の大絶滅で地上から姿を消したと思われていた恐竜たち。しかし彼らの生き残りは直立二足歩行に進化し、歴史の影で人間と地上の覇権を巡り、激しく争っていたというではありませんか。
そして実は宝珠の正体は、ロシア帝国内の恐竜王国の王子の玉子。それを掌中に収めた者は、ロシアに定住した恐竜たち「最後の兵力」の指揮権を得るという王子を奪還すべく行動するガンマン――オヴィラプトルのサバタ・ヴァンクリフ(!)と協力して、リリーは恐竜たちに挑むことに……
という最初の「HIDDEN DRAGON」は、冒頭からガジェット載(いきなり『ドリアン・グレイの肖像』のホールワードが登場するのに吃驚)とアクション満載で息をつく暇もないという、実に本作を象徴するようなエピソード。
恐竜人類(レプティリアンも含めて)は、フィクションではそこまで珍しい存在ではないかもしれませんが、しかしそこにロシア皇帝の紋章の「双頭の鷲」を絡め、ロシアが秘匿してきた「最後の兵力」という魅力的なガジェットを投入してくるのは、本作ならではの伝奇センスと言うほかありません。
そしてそこに、腕利きの工作員(暗殺者)でありつつも酒瓶を手放さないリリーと、ロングコートにコルトネイビーを持つ恐竜人間のサバタの、それぞれに個性的なアクションが、作者一流の陰影を強調した強烈にスタイリッシュな画で描かれるのですから鬼に金棒。
それだけでなく、裏切り者の子として蔑まれ暗殺者として利用されてきたリリー、卵泥棒(オヴィラプトル)として同じ恐竜たちから激しい差別に晒されてきたサバタと、それぞれに強く生きながらも屈託を抱えた二人の陰影をも描くドラマも相まって、軽快でありつつもハードボイルドな物語も大きな魅力なのです。
さて、物語の方は、サバタにスカウトされ、モンテ・クリスト三世率いる結社・イフの城――すなわちシャトー・ディフ!――に加わることとなったリリーと、その相棒となったサバタが、19世紀末の人類史の背後で引き起こされる怪事件に挑む、連作スタイルで展開していくこととなります。
今回取り上げる第2巻までに収録されているのは、イフの城の連絡員が自然発火で死ぬという奇怪な冒頭から、ニコラ・テスラの発明とガリレオ・ガリレイを奉じる恐竜の科学者集団・見えない学園の陰謀が展開する「TIME OF DESCENT」と、清朝を揺るがす予言の成就を妨げるため、西太后の命を受けた清朝の暗殺者集団・応龍楼が暗躍する「RED STAR」(の第2話まで)。
このうち前者は、恐竜と最先端のテクノロジーという(読者としては)一見ミスマットに見える組み合わせの妙もさることながら、最初の冒険で意気投合したとはいえ、まだまだ自分のやり方から抜け出せないリリーとサバタの衝突と和解が描かれるのもグッとくるエピソード。
一方後者は、暗殺のターゲットとなるのが、生まれたばかりの毛沢東というのに驚かされつつも、イフの城の――すなわちリリーとサバタの目的である「明日」「希望」を守ることの意味が問われるのが印象に残り――と、どちらも本作でなければ描けないようなエッジの効いた物語が展開することになります。
恐竜・オカルト・伝奇・スパイ・ハードボイルド・ガンアクションその他諸々、面白くなるしかない要素をぎゅっと煮詰めた唯一無二の物語である――この先全巻(+続編の『ジャバウォッキー1914』)紹介させていただく予定です。
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