瀬川貴次『ばけもの好む中将 九 真夏の夜の夢まぼろし』 大混戦、池のほとりの惨劇!?
最近は一年に一度の再会なのが少々寂しいところではありますが、『ばけもの好む中将』の最新巻の登場であります。最近は色々不穏な空気が漂っておりましたが、この巻では原点に返って(?)ばけもの好む中将・宣能と、彼に振り回されまくる宗孝の姿がたっぷりと描かれることになります。
本シリーズは、右大臣の嫡男にして容姿端麗という恵まれまくった人間であるにも関わらず、寝ても覚めても考えるのは怪異のことばかりという宣能と、タイプの異なる十二人の姉がいるほかはごく平凡な中流貴族の宗孝――このコンビが(というか宣能に宗孝が一方的に引っ張られて)京を騒がす怪異を求めて騒動を繰り広げる連作であります。
最近は冷酷で陰謀家の父の跡を、その後ろ暗い部分まで含めて継がされることとなった宣能が暗黒面に引きずられかけていたりと、重めの展開もあったのですが(そしてその要素は今回も健在なのですが)、今回のメインは二人の怪異巡りとなります。
もちろん、収録されている二つのエピソードはどちらも実に個性的。毎度毎度の怪異騒動でありつつも、趣向を凝らしたシチュエーションが今回も展開されます。
というわけで本作の前半に収録されているエピソード「夏衣つれづれ織り」で描かれるのは、宣能の友人であり、同じく中将である宰相の中将・雅平の物語であります。
当代きっての色好みとして知られる雅平が暑気あたりで倒れた時に介抱されたのは、とある庵の美しい尼御前。たちまち好き心を発揮した雅平は、満更ではない相手の様子に有頂天となるのですが――豈図らんや、その庵こそは、誰も住まう者がいないのに夜明かりが灯り怪しい人影がよぎるという噂で、宣能が訪れようとしていた魔所だったのです。
さては雅平が恋したあの女性こそは、かつてこの庵に住みながら病で身罷った尼御前の幽魂であったのか――というのが真実であるかどうか、本シリーズの読者であれば百も承知でしょう。
しかしそこから転じて、雅平を懲らしめるために宣能たちが一計を案じたことで、さらに騒動が拡大して――というのは、実に「らしい」展開。○○に目覚めた宣能や、さらりと投入されたネタ攻撃、そしてラストでさらにややこしい火種が撒かれたりと、相変わらずの賑やかさであります。
一方、後半の表題作「真夏の夜の夢まぼろし」は、スケールもややこしさも、そして怪異の愉快さ(?)もさらにパワーアップした、実に楽しいエピソードです。
皇太后の父が立てた別邸「夏の離宮」――小島が浮かぶ広大な池で知られる、この邸宅で開かれる宴に招かれた宣能や宗孝。しかしそこで耳ざとく宣能は、怪異の噂を聞きつけてきたのであります。
夜な夜な邸内に現れる怪しい人影やうなり声、不気味な物音に、突然姿を消してしまう女房。実はこの離宮が建てられた土地では、かつてとある殿上人が故なき嫉妬から妻を殺害し、さらに自分の子である二人の姉妹を斧で惨殺、自分も自殺したという陰惨極まりない事件があったというではありませんか!
広い池のほとりで若い男女が恋愛沙汰を繰り広げているところに、斧を手にした殺人鬼(たぶん何かの面を被ってる)が出現する――かはわかりませんが、とにかくこの手の話を宣能が見逃すはずもありません(そして宗孝が引っ張られないはずもありません)。
そんな中、この宴を訪れていた春若こと東宮は、宗孝の十二の姉である真白と出会い、逢い引きの約束をして有頂天。周囲の監視の目をかいくぐって真白に接近大作戦を企てることになります。さらに禁断の恋(?)に悩む雅平まで加わり、夏の離宮はいよいよ混戦模様に……
というわけで閉鎖空間での大騒動という、面白くなること間違いなしのシチュエーションで展開するこのエピソード。まさか如何にこの作者とて平安時代に『○○○の○○○』ネタを投入してくるとは思いもよりませんでしたが、終盤の意外な展開の連続で、大いに楽しませていただきました。
その一方で、黒宣能ともいうべき彼の顔がチラリと描かれたり、シリーズ最大の鬼札というべき十の姉の謎が少しずつ(本当に少しずつ)明かされていったりと、シリーズを通しての物語も、面白さ・楽しさの背後で着実に動いている印象もあります。
いやそれだけでなく、宣能と宗孝の周囲の人々の人間関係が着実に動いている様からは、時と物語の流れというものを感じさせられます(個人的には「癒やしの君」こと有光中将のエピソードにそれを強く感じました)。
果たしてその流れがどこに向かうのか――そんなことも大いに気になる作品であります。
『ばけもの好む中将 九 真夏の夜の夢まぼろし』(瀬川貴次 集英社文庫) Amazon
関連記事
「ばけもの好む中将 平安不思議めぐり」 怪異という多様性を求めて
「ばけもの好む中将 弐 姑獲鳥と牛鬼」 怪異と背中合わせの現実の在り方
『ばけもの好む中将 参 天狗の神隠し』 怪異を好む者、弄ぶ者
瀬川貴次『ばけもの好む中将 四 踊る大菩薩寺院』(その一) 大驀進する平安コメディ
瀬川貴次『ばけもの好む中将 四 踊る大菩薩寺院』(その二) 「怪異」の陰に潜む「現実」
『ばけもの好む中将 伍 冬の牡丹燈籠』 中将の前の闇と怪異という希望
瀬川貴次『ばけもの好む中将 六 美しき獣たち』 浮かび上がる平安の女性たちの姿
瀬川貴次『ばけもの好む中将 七 花鎮めの舞』 桜の下で中将を待つ現実
瀬川貴次『ばけもの好む中将 八 恋する舞台』 宗孝、まさかのモテ期到来!? そして暗躍する宣能
| 固定リンク