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2020.05.04

須垣りつ『吉原妖鬼談』 青年の成長と遊郭に潜む魔と――幻の快作登場

 生まれつき亡霊や魑魅魍魎が見えてしまう力のせいで、臆病で奥手の六助。ふとしたことから吉原で花魁の足抜けを生業とする男・遼天に見込まれた彼は、彼を手伝う中で、次第に自分の力と向き合っていく。そんな中、想いを寄せる花魁が化け物の巣食う楼に部屋替えになると知った六助だが……

 受賞者が発表されながら、レーベルがなくなった関係で作品が刊行されず、幻となった第2回招き猫文庫時代小説新人賞。その優秀賞受賞者である作者のことを、まことに勝手ながら私は最後の招き猫文庫作家と呼んでおりました。
 と、その受賞作『花街奇譚』が改題・加筆修正されて刊行されたと聞けば、黙ってはいられません。そして手に取った本作は、青年の成長ドラマ+伝奇活劇という、なかなかユニークな内容の佳品でありました。


 本作の主人公・六助は、先祖に「トワズ」――人外と交わり生まれたと言われる者――がいたことから、魑魅魍魎や亡霊が見えてしまう力の持ち主。そのため異常に臆病で、かつ他人(特に女性)とコミュニケーションするのが苦手な彼が、兄に引っ張られて吉原を訪れたことから物語は始まります。

 しかし吉原に来たものの、六助は大見世の花魁に声をかけられてもドギマギするだけで何もできず、さらには吉原の外れで亡霊の花魁道中に出会ってしまうなど散々な目に遭うばかり。
 そんな彼に声をかけてきたのは、人外を感じ取り、祓う力を持つ八卦見の壮漢・遼天。遼天に「トワズ」の力を認められた六助は、彼の裏の稼業である「稲荷隠し」すなわち足抜けの幇助に、躊躇いながらも力を貸すことに……


 そんな六助が、足抜け屋として悪戦苦闘を続ける中で遼天や仲間たちとの絆を深め、また生意気な小見世の女郎・茜と微笑ましい交流をしたりと、少しずつ成長していく様が、本作の前半では描かれることになります。
 先に述べた通り、六助はあまりヒーローらしくない――というより生真面目なのだけが取り柄の青年。そのくせ、女性と知り合うたびに彼女と付き合うことを夢想してしまう姿など、妙にリアルだったりしますが――しかしそれも微笑ましく、彼の真っ直ぐさの表れとして感じられるのは、本作の描き方の巧さでしょう。

 しかし物語は後半に至り、思わぬ方向に展開していくことになります。
 敵対した者が奇怪な死を遂げた、客の男たちが姿を消しているなど、不気味な噂ばかりが流れる見世・瑞雲楼。遼天の頼みでその様子を見に行った六助が見たものは――生ける屍としか見えない花魁たちと見世の中を這い回る透明な巨大な蟻、そして人間大の蟻のような姿をした女将と、鬼の本性を隠した楼主だったのであります。

 そして六助が吉原を初めて訪れた日に声をかけられて以来、恋い焦がれてきた花魁の銀華がその瑞雲楼に部屋替えすることとなり、その前に足抜けをという依頼が入ってくるのですが――六助にとって銀華が他所の男のものになることが面白いはずはありません。
 しかし彼女を救い出さなければ、化け物の餌食になることは必定。それがわかっていても一歩を踏み出せない六助の背中を押したのは……


 と、後半で伝奇ものとしての色彩が一気に強まる本作。
 あるいはこうした展開の物語では、いかにも伝奇時代劇のキャラクター然とした遼天が主人公となるのが相応しいのかもしれません(事実、クライマックスで最も活躍するのは遼天であります)

 しかしそんな中で、その「見てしまう」力以外は荒事に向いていない六助がいかにして戦いに挑むのか――いや、様々な意味でそこに背を向けていた彼が、いかにして立ち上がるのかが、大きな意味を持つことになります。
 その姿は、本作で描かれてきたものの総決算であり――すなわち、六助の成長の姿とその意味であり――そしてその姿は、彼の真っ直ぐな姿と相まって、大きな感動を生むのであります。

 青年の成長ドラマ――言い換えれば一種の人情ものと、吉原に潜む魔を描く(そしてこれがまたなかなかに独創的で、かつ相当にコワい)伝奇もの。
 この相反する要素を、本作は巧みなバランスで描いてみせたと感じます。

 このユニークで、そして内容豊かな快作が、埋もれたまま終わることがなくて本当に良かった――そう感じた次第です。


『吉原妖鬼談』(須垣りつ 二見サラ文庫) Amazon


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