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2020.05.29

宮本昌孝『武商諜人』(その一) 颯爽たる作者の単行本未収録短編集

 『剣豪将軍義輝』発表からほぼ四半世紀、希有壮大かつ爽快な歴史時代小説を次々発表してきた作者の、単行本未収録の短編9編と描き下ろし1編で構成された作品集であります。戦国時代を中心に、江戸、明治とバラエティに富んだ作品が収録された本書の収録作品を一作ずつ紹介していきましょう。

『幽鬼御所』
 北畠具教・具房親子に可愛がられながらも、織田信長に見初められ、三男信孝を生んだ佳乃。時は流れ、信長が北畠家を攻撃した際に、何とか北畠家を救うために佳乃は奔走するのですが――そして時は流れ、関ヶ原合戦の後に……

 巻頭に収められた作品は、本書のために書き下ろされた作品――賤ヶ岳の戦の後に非命に倒れた信孝の母・佳乃を中心に展開する物語であります。
 といっても、信孝の母は記録上は坂氏としか知られていない女性。それを本作は、若き日に北畠具教に恋し、自らも武芸を修めた(そしてそれがきっかけで信長と出会った)女性という、実に作者らしい造形で描きます。

 しかし本作は彼女を中心としつつも、一人の力では抗えない歴史の動きを描くことになります。そして果たして物語がどこに向かうのか、予想がつかぬままに読み進めてみれば、結末に描かれるのはなんと……
 正直なところ、あらすじを紹介するのが難しい物語ではあり、結末も感動と驚き(呆気にとられたと言うべきか)が入り交じった奇妙な後味なのですが――これはそういう意味であったか、と唸らされることは間違いありません。

 そして同時に、懸命に、誠実に生きた者が、どこかで必ず報われる(たとえそれが墓に手向けられた一輪の花であっても)という、実に作者らしい作品であると感じ入った次第です。


『戦国有情』
 桶狭間の戦で信長とともに先駆けし、武名を挙げた四人の赤母衣衆。しかしうち三人は古参の臣に讒言を受けて相手を討って逐電、徳川家に身を寄せるのですが……

 「歴史街道」掲載作のためか、分量的には掌編に近い本作。大きな武勲を残しながらも、運命の悪意に翻弄された若者たちの熱い友情を描く一編であります。
 しかし短くとも、史実にごく僅か残された記録から、そこに生きた者たちの姿を活写するという、見事に歴史小説としての魅力を持った物語です。

(それにしても前作も含め、作者の信長像は『ドナ・ビボラの爪』で描かれたそれが基調に感じられるところであります)


『不嫁菩薩』
 政略で婚約しながらも、幼い頃から強く惹かれ合ってきた信長の嫡男・信忠と信玄の娘・於松。戦国の流れに引き裂かれながらも、なおも純愛を貫いてきた二人ですが、ついに信忠は天目山で武田家を滅ぼすことに……

 戦国最大の悲恋といえば、まず筆頭に挙げられるであろう信忠と於松――戦国のロミオとジュリエットと言うべき二人を、於松の視点から描いたのが本作であります。

 幼い頃のたった一度の出会い(この一種伝奇的な出会いにおける因縁が、後々に影響するのがまた実に作者の作品らしい)を胸に、相手の愛を信じて生きながらも、時にそれを手放してまでも人としての信義を貫こうとする於松。
 その愚直なまでの姿は、もの悲しくはあるものの、同時に強く心を打つものであり――一歩間違えれば強烈な皮肉となりかねない結末の展開も、純愛と至誠を貫いた者の勝利として素直に感じられます。

 ちなみに本作、鬼武蔵として悪名を轟かす森長可が、それとは裏腹(?)の実に格好良い役どころを演じているのも印象に残ります。
(この森長可も含め、過去のある時点で出会った者たちの運命が、後に味方として、あるいは敵として絡み合うという作劇もまた、実に作者らしいと再確認しました)


 次回に続きます(全三回)。


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