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2020.05.03

音中さわき『明治浪漫綺話』第1巻 要素山盛りの明治吸血鬼伝?

 岡山の田舎から東京の華族・日与守家に引き取られた十和。良家の子女が通う華族女学院に通うことになった十和は、そこで美貌の青年講師・ルイスと出会う。そんなある日、学校の帰りに謎の化け物に襲われた十和だが、そこに駆けつけたのはルイスだった。実はルイスの正体は異国の吸血鬼で……

 このブログでは事あるごとに吸血鬼時代劇を取り扱ってきましたが、ここに新たな作品が加わることとなりました。文明開化華やかなりし頃を舞台に、華族の(にわか)令嬢と異国からやって来た美貌の吸血鬼を巡る物語であります。

 本作の主人公は、子爵の父と芸妓の母の間に生まれ、その父が亡くなったことをきっかけに、東京の日与守家に引き取られた少女・十和。
 数日前までは岡山で暮らしていた彼女にとっては、東京の、しかも華族の暮らしは新鮮――というより疲れることだらけ。しかしそれどころではない事態に、十和は遭遇することになります。

 ふとしたことから帰りが遅くなってしまい、人目を避けて通った裏道で、何者かに襲われて倒れた女学生を見つけてしまった十和。驚く彼女の前に、口から牙を生やした怪人が襲いかかります。
 と、絶体絶命の彼女を救ったのは、彼女の通う女学院の講師である人間離れした美青年・ルイスと、彼に仕えるこれまた美青年の日本人・東。二人のおかげで助かった十和ですが、実はルイスと東もまた、怪人と同じ存在――ヴァンパイアだったのです。

 諸外国の文化に通じている(たぶん長生きなので)ことを買われ、明治政府から、ヴァンパイアと承知の上で招請されたというルイス。しかし彼を連れ戻すべく、海の向こうから来た同族が、密かに暗躍していたというのであります。
 そんな思いもよらぬ真実を聞かされても、恐れることなくルイスに憧れを抱く十和ですが、事態はいよいよ意外な方向に……


 というわけで、身も蓋もないことを言ってしまえば、吸血鬼もの(パラノーマル・ロマンス)と明治もの、さらには華族もの・女学校もののハイブリッドである本作。
 これだけの要素がきちんとまとまるのかな――と思わないでもありませんが、主人公を華族の世界に足を踏み入れたばかりの好奇心旺盛な少女とすることで、存外一つの世界としてまとまっているのがユニークなところであります。

 それにしても明治政府がヴァンパイアを迎え入れるのはさすがにどうかなと思うところですし、その張本人が伊藤博文(名前はもじってあるので、彼に当たる人物、ですが)なのにはひっくり返りましたが――そこに東の「生前」(ヒント:伊藤博文の師で29歳の時に処刑された人)が絡んできて、思わぬ伝奇テイストが生まれているのは嬉しい驚きでした。


 もっとも、文明開化の陰で、ヴァンパイア同士の戦いが――という路線でいくのかと思いきや、少なくともこの第1巻の後半では、ちょっと『エドの舞踏会』を思わせる鹿鳴館での夜会を巡る騒動や、十和の通う華族女学院(さすがにネーミングがストレート過ぎるのでは――ご思いましたが、これは実在の「華族女学校」のもじりですね)と女子高等師範学校の対立に話が向かうことに。

 この辺りは上で述べた要素の多さがちょっとマイナスに作用したように思えますが――さてこの先の展開にどのように繋がっていくのか。
 どうやら十和の日与守家自体にも何やら謎があるらしく、要素大盛りのままで突き進んでいってほしい――というのも正直な気持ちです。


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