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2020.06.03

岡本千紘『鬼切の綱』 鬼退治の勇士と鬼の奇妙な幻想譚

 源頼光配下の四天王の一人として、大江山の酒呑童子退治でも活躍した渡辺綱。手にした名刀・鬼切によって数々の鬼を斬ってきた綱だが、その鬼切には妖艶な鬼・薔薇が憑いていた。薔薇とともに、綱は平安京に跳梁する怪異と対峙する。

 平安時代を舞台とした妖怪退治もの、それも武士が主人公といえば、かなりの確率で登場するのが源頼光と頼光四天王――渡辺綱・坂田金時・碓井貞光・占部季武の面々であります。
 『古今著聞集』『今昔物語集』など題材には事欠かないだけに、彼らの活躍は今なお様々な形で描かれているのですが――本作はその一つでありつつも、一風変わったアプローチの作品であります。


 頼光の下で仲間たちとともに様々な怪異と戦い、その人ありと知られた渡辺綱。しかし彼や仲間たちももう四十路に入り、大江山の酒呑童子討伐を最後に、京で小悪党を取り締まる毎日――のはずが、羅生門で鬼が人を喰らった、江口で橋姫が男を取り殺した等々、怪異の噂があれば呼び出されることになります。

 そんな彼の相棒(?)は、奇縁によって頼光から託された名刀・鬼切に憑いた鬼神・薔薇――月白の髪、瑠璃の瞳、薔薇のような紅い唇の、妖しくも清らかな姿の鬼であります。
 綱の血を好むこの薔薇とともに、様々な怪異に挑む綱――本作は、そんなコンビの姿を描く短編連作集です。


 と書くと、あたかも派手な伝奇活劇のように思えるかもしれませんが、本作で綴られるのはむしろ静かで、時に淡々とした味わいの、そして時に鮮やかに美しい、そんな物語であります。

 本作における綱は、数々の武名を挙げてきた勇者でありつつも、どこか甘く、優しい人物。人を害するような鬼を前にしたとしても、必ずしもそれを滅ぼすのを良しとしない男であります。
 その最たるものが、薔薇との関係でしょう。本来であれば、鬼切で斬られるべき強大な鬼であり、そして本人もそれを望む薔薇。それに対して別の形の償いを与えようとする綱のお人好しとすら言える姿が、本作の独特の味わいを生み出しているとも言えるでしょう。
(そして綱と薔薇には実は一つの因縁があるのですが、それと密接に結びつく薔薇の「正体」は、本作最大の伝奇要素でもあります)

 もっとも、その綱と薔薇の関係性が突き進んで、妖しいムードが漂いまくっている――血を(時には指の傷から直接)呑ませて「旨いか」「旨い」というのが定番のやりとりになっていたり――のはやりすぎ感がなくもありません。
 また、全体のボリューム自体が少ないところに全8話という構成のため、個々のエピソードが食い足りない部分があるのも正直なところでしょう。

 もっとも、そのサラリとした部分が得難いところではあって、特にラストの綱と先祖の源融のエピソードなど、クライマックスの幻想的な場面転換の、何ともいえぬ味わいがあるのもまた事実であります。
 繰り返しになりますが、派手な伝奇活劇ではなく、ちょっと耽美で幻想的な物語が好きな人向けの作品と言えるでしょう。


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