« 横山光輝『伊賀の影丸 土蜘蛛五人衆の巻』 影丸の「私闘」と彼の人間味と | トップページ | 田中ほさな『川島芳子は男になりたい』第1巻 なりたい自分になるための冒険の始まり »

2020.06.28

木原敏江『王朝モザイク』 身分違いの恋に挑む男女のおとぎ話と現実

 大ベテラン・木原敏江の最新作は、平安時代を舞台とした、男女の身分違いの恋を描く短編集。古典をモチーフとした、内容豊かな三つの物語が収録されています。

 かつて身分の違いから仲を引き裂かれ、行方不明となっていた初恋の人・沙魚と再会した検非違使の然示郎。しかし彼女は自分を治部大輔の萌に仕える上臈・水無瀬と名乗り、然示郎など知らぬ素振りを見せるのでした。
 その晩、鮮やかな手口で京を騒がす夜盗団・梟党を追った然示郎は、首領と一騎打ちの末に手傷を追わせ、後を追うのですが――血の跡を辿っていけば、そこは萌の屋敷。屋敷を調べた然示郎がそこで見たものは……

 というあらすじの第一話。古今著聞集のある説話を題材としているこのエピソードは、物語展開的には途中まで(モチーフがある部分まで)はすぐ予想できるのですが、むしろそこからが物語の本題とすら感じられます。

 生死も不明だった初恋の女性と再会するも、その意外な姿を知った然示郎。しかし今度こそは彼女への愛を貫こうとある場所に向かった彼は、そこである意外な人物と出会い、選択を迫られるのです。
 そこで描かれるのは、青春との決別とでもいうべきシチュエーション。もちろんそれは、この物語ならではの特異なものではあるのですが――しかし同時に、誰でも多かれ少なかれ覚えのある痛みが胸に甦るのは、作者ならではの筆の冴えと言うべきでしょう。


 一方、第二話で描かれるのは、両親を亡くし、我が物顔に振る舞う後見人の叔父夫婦と共に暮らす姫君・揺良の物語であります。

 体が弱く夢見がちな彼女が、重陽の晩に出会った青年・定章。菊の香に誘われて屋敷に入り込んだ彼とたちまちのうちに恋に落ちる揺良ですが、叔父は地下の身分である定章を認めず、二人を引き裂こうとするのでした。
 折しも美濃介として赴任することとなった定章。悩む彼に、揺良は自分の家に結婚にまつわるある掟があると語るのですが……

 と、こちらはお伽草子の、菊の精が変じた公達との悲恋に泣いた姫君を題材とした物語。しかしここではあくまでも生身の男女の物語が描かれることになります(内容的には原典のその後とも取れる設定なのが面白い)。
 悲恋に泣くだけでなく、何とか自分たちの道を切り開こうとドラマチックに奮闘する二人の姿は、ある意味実に作者の作品らしいと感じさせられます。

 こちらもある程度予想できる展開であり、それがいかにも「おとぎ話」的な物語なのですが――しかしラスト数ページで、我々はその先の現実を突きつけられることとなります。
 それは哀しく切なく、しかしある意味避けようのない現実ですが――しかしそれを敢えて描くことにより、本作は「おとぎ話」の意味を、現実に対する一つの救いとして提示しているように感じられます。


 そして前後編構成の最終話は、今昔物語の女盗賊の説話と、鬼女・紅葉伝説を織り交ぜてモチーフとした物語にして、第一話のその後の物語でもあります。

 上役から信濃国までお忍びの旅をする大納言の姫君・皓の護衛を命じられた然示郎。しかし然示郎の前に現れた彼女は、男装の上に剣の達人という個性的な少女でありました。
 身分違いの恋の末に恋人と引き裂かれ、その後病に倒れて亡くなった義兄の形見を、信濃にいるという恋人・楓に届けるという皓。しかし信濃に辿り着いてみれば、楓の実家は国司に謀反人の罪を着せられ、滅ぼされてしまったというではありませんか。

 さらに近頃は鬼もみじ党なる野党が出没し、国司の蔵を荒らし回っていると聞かされた二人。それでも楓の手がかりを求めて山に分け入った二人の前に現れたのは……

 悲しい別れを経験した然示郎の前に現れた、型破りで明るい姫君――とくれば、当然新しい恋の予感ですが、しかし検非違使と大納言の姫君では、身分が違いすぎるのは言うまでもありません(以前は自分の方が身分が高かった彼が今度は逆になるというのも皮肉)。
 この物語はそんな二人の姿を縦糸に、そして野盗団を率いる鬼女・紅葉の復讐譚を横糸に展開するのですが――入り組んだ様々な要素を破綻なくまとめ、波乱万丈な物語を織りなしてみせたのは、やはり見事と言うほかありません。(さらにそこに、然示郎たちだけでなく、幾人もの身分違いの恋が織り交ぜられているのにも嘆息させられます)

 そしてそんな物語の先に待つ結末は――これは言うまでもありませんが、しかし同時に語られるのは一見無常な現実を感じさせる言葉。
 しかしそれは、第三話のみならず、本書に登場した男女たちのおとぎ話が、現実の歴史の中に確かに息づいていることを一種逆説的に語る見事な結びであると――そう私は感じます。


『王朝モザイク』(木原敏江 集英社マーガレットコミックス) Amazon

|

« 横山光輝『伊賀の影丸 土蜘蛛五人衆の巻』 影丸の「私闘」と彼の人間味と | トップページ | 田中ほさな『川島芳子は男になりたい』第1巻 なりたい自分になるための冒険の始まり »