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2020.06.25

山口貴由『衛府の七忍』第9巻 激突、十大忍法vs時淀み 望みを巡る対決

 まつろわぬ者たちの代表者たち・怨身忍者が覇府=徳川幕府と対決する『衛府の七忍』の最新巻では、表紙の七忍勢揃いが示すように、この巻で最後の怨身忍者・雷鬼が登場することになります。その正体は雷小僧こと黒須京馬――真田十勇士の力を背負った彼は、魔剣豪・上泉信綱と激突することに……

 大坂夏の陣で真田幸村に従い、六人までが討ち死にを遂げた真田十勇士。信州上田城のに現れたその生き残り、猿飛佐助・霧隠才蔵・筧十蔵・穴山小助の四人の前に立ち塞がったのは、十勇士の弟分であった少年忍者・黒須京馬であります。
 主命によって佐助たちに挑む京馬は、大忍法「淤能碁呂」を用いると宣言。しかし次の瞬間、彼の肉体はバラバラになって……

 そんな意表を突いた場面から始まるこの巻。佐助たちはその場から消え失せ、残されたのは無惨に京馬の体からもがれた肉片のみ――と、誰が見ても京馬が佐助たちに敗れ去ったと思われた時、その場に現れたのは謎の老剣士であります。
 周囲を取り囲む侍たちに一斉に槍で突かれながらも、一瞬にして侍たちを蹴散らしたその剣士の名は鬼哭隊・上泉信綱――史実であれば数十年前に亡くなっているはずの大剣豪ではありませんか。

 そして信綱がその眼力でもって見抜いたのは、意外な場所に隠れていた京馬の存在。実は京馬は、大忍法「淤能碁呂」によって十勇士の体の各部分を移植されることにより、彼らの忍法を体得しようとしていたのであります。
 いまだ忍法が完成せぬまま捕らえられ、鬼哭隊の前線基地・鬼哭塔に捕らえられた京馬。しかしやがてその身に、十勇士たちの忍法が宿り……

 と、この巻で描かれるのは、十勇士の忍法を意外な形で受け継ぐこととなった(「淤能碁呂」の意味に感心!)京馬と信綱の激突。
 信綱といえば言うまでもなく日本剣法の祖の一人というビッグネームですが、本作では間合いの内の時間の流れを遅らせる「時淀み」を操る魔剣豪として描かれることになります。

 いや、時を淀ませるのは信綱の方ではなくて――とツッコミたくなりますがそれはさておき、これに抗する京馬の方も、一度は捕らわれの身になりつつも、次々と時満ちて宿る十勇士の力を借りて大反撃!
 と、ほとんど十勇士の忍法紹介でこの巻は終始した印象すらありますが、しかし京馬と信綱は、意外な形で対比されることになるのであります。


 この巻の中で「魔剣豪鬼譚」として描かれる信綱の過去。それは史実の信綱の姿をなぞりつつも、大きく途中で姿を変えることになります。
 信玄との絶望的な戦いの最中、陰流の奥義と言うべき時淀みの境地に至った信綱。しかしその無敵の力は、武士の望みの一切を、「命よりやんごとなきもの」を捧げることで授かった霊力であり――それは信綱を他者と隔て、ただ鬼との戦いに駆り立てるものでありました。

 望み――言い替えれば人として生きる理由。本作の信綱は、己の生の上での一切の望みを失った者であり――それに対して京馬は、ただこの一瞬に自分の生を燃やし尽くすことのみを望む者と言えるでしょう。
 共に明日のない身――といってもその意味は大きく違うのですが――でありつつも、その望みは、生の在り方は全く異なる二人。ここで描かれるのは、そんなある意味対極にある二人の激突なのであります。

 そして信綱の時淀みと、京馬の鬼噛みと――ある意味ネタ的な組み合わせではありますが――二人を象徴する技は、そのままそんな二人の生をも象徴しているとすら感じられるのであります。


 しかし京馬には、十勇士から与えられた新たな生が、託された望みがあります。彼はある意味十勇士の「子」であり――もはや子を抱くこともできなくなった信綱とここでも対極にある――そして最後の怨身忍者・雷鬼として生まれ変わったのですから。
 そしてその京馬=雷鬼の前に現れるのは、六人の鬼たちの幻。何とも胸躍る場面ですが、現実に彼らが出会うことも、おそらく遠い先のことではないと感じられます。

 いよいよ本作も折り返し地点と言うべきでしょうか。


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