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2020.06.27

横山光輝『伊賀の影丸 土蜘蛛五人衆の巻』 影丸の「私闘」と彼の人間味と

 半蔵屋敷の門に打ち付けられた影丸の名の藁人形――それは秋月藩での事件で影丸らに壊滅させられた土蜘蛛党の残党、小頭五人衆の仕業だった。狙われているのは自分一人だと単身戦おうとした影丸は手傷を、彼を守るべく配置された精鋭たちも、度重なる攻撃に次々と倒されていく……

 『伊賀の影丸』全エピソード紹介も(長編は)残すところあと二回。今回は(も)異色のエピソード『土蜘蛛五人衆の巻』であります。

 一つ前のエピソード『邪鬼秘帳の巻』で、悪人・黒木弾正に雇われて暗躍した末、影丸に首領・幻斎坊を倒されて壊滅したかに思われた土蜘蛛党。しかし小頭五人――金目・猿彦・勘助・左京・竜三郎――が生き残り、影丸に復讐をせんと江戸に現れたのです。
 夜毎半蔵屋敷に呪いの藁人形を打ち付けていくという、陰湿極まりない嫌がらせを行う五人衆。もちろんそれを黙って見逃せるはずもなく、名指しされた影丸は真っ先に追うのですが――敵の秘術の前に、木の葉隠れの術で痛み分けに持ち込むのがやっとという有様であります。

 かくて半蔵は影丸警護のため、頑鉄・弓彦・善鬼・村雨源太郎の四人の精鋭を選び出し、ここに影丸を含めた五対五の戦いが始まるのですが……


 影丸たち公儀隠密と敵忍者のトーナメントバトルという点では、他のエピソードと大きく変わることはない――むしろかなりオーソドックスですらある今回のエピソード。

 しかし他と異なる特徴の一つは、他のエピソードからの連続性であります。
 本作では基本的に各エピソードは独立しており、共通する登場人物も影丸と半蔵のみ、あとごく僅かな例外が存在するだけですが――後はほとんど死んでしまうので――今回は上述の通り、明確に一つ前のエピソードの後日譚として設定されているのであります。
(しかし私が初めて読んだ秋田コミックスセレクト版では、『邪鬼秘帳』より先に収録されていたのが困ったもの)

 それだけでなく、今回は影丸側のキャラクターとして、『闇一族の巻』で生き残った村雨兄弟の二人、源太郎と十郎太が再登場。
 それもチョイ役ではなく、源太郎は代表選手として、その毒に強い体質を活かして敵の罠を破り、終盤に登場した十郎太も、最後の敵と一騎打ちする影丸を助ける役回りと、実に嬉しい活躍を見せてくれるのであります。

 この辺りは長きに渡るシリーズものならではと言えるかもしれませんが、この村雨兄弟の再登場は、次に述べるもう一つの特徴と繋がる点もあるのではないか――そう考えます。


 そのもう一つの特徴とは、今回のエピソードが、影丸の任務によるものではない――ある意味私闘である点であります。

 もちろん、影丸が五人衆に狙われるきっかけとなったのは、公儀隠密の任務の中で土蜘蛛党を壊滅させたためですが、しかしその後に復讐されることになったのは、これは相手の逆恨み。
 いちいち任務の結果で恨まれても――と作中で半蔵たちが困惑するのは、これは滅ぼした側の道理かもしれませんが(元々土蜘蛛党は、任務の際に儀式を行ったりと結社的な結びつきが強そうなのも理由のようにも思えます)、忍者としては当然の立場でしょう。

 何はともあれ、もちろん襲われたからには反撃しないわけにはいかないのですが、影丸にとってはそれは個人の事情で、すなわち私闘であり――だからこそ、今回の戦いで周囲に犠牲が出た際に、影丸はこれまでのエピソード以上に強い悲しみを見せ、そして強い闘志と憤りを見せていると感じられるのです。
(それは裏返せば、彼が任務の際にはひたすらドライに徹していることの現れでもあるのですが)

 しかし影丸はそんな戦いにおいて、決して孤独ではない。任務ではなく彼のために命を投げ出せるような仲間もいる――その現れが、村雨兄弟の存在であると感じられます。
 作中では珍しく自分の屋敷での描写があり、そして影丸が親しげに軽口まで叩く。そんな村雨兄弟の存在は、影丸の人間味を、そして彼に対する周囲の人間の情を示すものであり、そしてそれは復讐心や集団の掟で動いているであろう土蜘蛛五人衆と影丸の違いを示している――というのは牽強付会に過ぎるでしょうか。

 もちろん、影丸というキャラクターのこうした側面が、殺伐とした潰し合いの中で初めて描かれるというのは、ある意味実に本作らしいと感じますが……


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