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2020.06.29

田中ほさな『川島芳子は男になりたい』第1巻 なりたい自分になるための冒険の始まり

 時は1924年、17歳の川島芳子は、ある夢を抱いて一人上海に渡った。上海の顔役・イヴに対してその夢――「男になりたい」を語り、そのための施術を受けた芳子。そして紫禁城から皇帝溥儀を脱出させようとする軍人・田中隆吉と、冒険を求めて行動を共にする芳子だが、体は一向に男に変わらぬままで……

 川島芳子といえば、愛新覚羅の姓を持つ清朝皇族の出身にして、端正な容姿を男物の服に包んだ男装の麗人、そして「東洋のマタ・ハリ」の異名を取った日本軍工作員――と、冷静に考えてみればあまりにも盛り過ぎなキャラクター。そのためか、日中戦争を題材としたエンターテインメントにはしばしば登場する人物です。

 本作はその芳子の若き日を描いた物語ですが――お色気(エロに非ず)漫画を得意とする作者だけに、一筋縄ではいかない作品となっているのは、言うまでもないのであります。


 清の皇族である実の父と、日本の活動家である育ての父――二人の父の薫陶を受け、国家の大業を担うような冒険に憧れる芳子。しかし冒険ができるのは男のみ、それであれば男になりたい――と上海を訪れた彼女は、男性になるための施術を受けることになります。
 ただし、まずはお試し期間として一時的に。

 そしてその代金代わりに、軟禁状態にある溥儀を紫禁城から逃がす任務に当たる軍人・田中隆吉を助けることとなった芳子ですが――しかし肝心の隆吉は借金まみれのダメ男、そして何よりも芳子の体は男に変わらず、女のままだったのであります。
 施術の時芳子が聞かされた、「忘我の境地」に達した時、男になれるという言葉。果たしてそれは一体……

 まあ、大体の人は想像がつくと思いますが、そういうことであります。


 つまりは「エロい感じ」になると男になっちゃうという、特異体質(?)になってしまった芳子。
 なるほど、こういう設定であればお色気シーンが自然に入れられる――と感心してよいかどうかはともかく、男装ではなく性別そのものが変わってしまう変生、しかも自分自身の意志では変生できないという縛りは、なかなか面白い設定であると言えるでしょう。

 何しろ女性としての芳子は才色兼備の上に清朝皇族としての身分持ち、一方、男性としての芳子は超人的な身体能力を持つスーパーマン(というか設定的にはむしろハルク)。
 この二つの力を持ってさえすれば、大冒険も夢ではない――のですが、そこに「エロい感じ」というどデカい欠点が加わることによって、物語が何ともややこしいことになっているのであります。

 この辺りの設定は当然ながら評価が分かれるとは思いますし(個人的には最初の変生シーンが妙に生々しかったのがちょっと……)、そもそもの芳子が男になってまで冒険を求める動機というのが、今ひとつ伝わりにくいのは、いささか残念なところではあります。

 しかし、男になりたいと願っていた――言い替えれば自分が女であることにとらわれていた――芳子が、どちらの自分も自分であることを知り、真になりたい自分自身として冒険=人生に一歩踏み出す姿は、実に美しい。
 第一話ラストの「冒険は男だけのものじゃない」という台詞は、そんな意味が込められていると取ってよいかと思います。


 さて、この巻では無事に最初のミッションを終え、こらから本当に男でも女でもない「川島芳子」としての冒険が始まることになります。
 しかし紫禁城には奇怪な影が跳梁し、そしてまた彼女の力を利用せんとする者の存在も窺われ、この先の道も、決して平らかなものではないでしょう。

 もちろんそれこそ芳子の求めるものなのかもしれませんが……

(しかし史実では芳子と隆吉は――と言われていますが、本作ではその辺りどうなるのかなあ……)


『川島芳子は男になりたい』第1巻(田中ほさな 講談社シリウスKC) Amazon

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