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2020.06.26

M・R・ジェイムズ『消えた心臓/マグヌス伯爵』 新訳で甦る好古家の怪談集

 私の最も愛する怪奇小説作家の一人、M・R・ジェイムズの作品集が光文社古典新訳文庫から刊行されました。作者の第一作品集である『好古家の怪談集』を、英国怪奇小説の翻訳等で活躍する南條竹則が翻訳した待望の一冊――八編の短編に付録のエッセイ一編が収録された短編集です。

 イートン校、ケンブリッジ大学を卒業の後、写本研究、聖書研究で活躍し、ケンブリッジ大学の博物館長、同大学副長、イートン校校長を務めた堂々たる経歴の学徒であったジェイムズ。しかし彼はその一方で、クリスマスのイベントなどで自らが書き留めた怪談を朗読して評判を取った、いわばアマチュア作家でもありました。
 本書に収められているのは、まさにその評判を取ったものを中心とした作品であります。

 もちろん例外はあるものの、本書の収録作のほとんどは、まさに好古家――自分の職業として、あるいは趣味として古々しいものに興味を抱き、愛する学徒が主人公あるいは語り手となる物語。
 それゆえと言うべきでしょうか、その語り口はあくまでも理性的かつ慎重、落ち着いて柔らかいものであり――その成立過程もあって、ジェイムズその人の語りを聞いているような気分にさせられます。

 しかし「アマチュア」の作品だからといって、落ち着いた作風だからといって、決して怪奇小説として大人しい、あるいは歯ごたえがないというわけでは、決してありません。
 平凡な日常が、平和な旅行記が、徐々に怪しい空気に侵食され、そしてクライマックスに至り不意に語り手の――つまりは我々の前に現れる異界の妖怪の恐怖を描くジェイムズの怪談は、現代にも通用する作品として見事成立しているのであります。
(そして嬉しいことに、題材的に伝奇性が強い作品も実は少なくない――というのはいささか牽強付会かもしれませんが)


 さて、それでは本書の収録作品を簡単に紹介いたしましょう。

 調査に訪れた教会の堂守から中世の貴重な貼込帳を手に入れた主人公が、堂守の不審な態度の理由を思い知らされる『聖堂参事会員アルベリックの貼込帳』
 身寄りを亡くし、遠縁の親戚の屋敷に引き取られた少年が、やがてそこで過去に起きたある出来事の真相を知る『消えた心臓』
 美術商から送られてきた、とある屋敷を描いた何の変哲もない銅版画が示す不気味な変化と、その陰のある史実を描く『銅版画』
 魔女裁判に功を遺しながら奇怪な死を遂げた名士の屋敷で、再び起きた惨事――そのショッキングな真相が印象的な『秦皮の木』
 研究に訪れた先で滞在した宿屋で夜ごと起きる奇妙な出来事と、それとともに出没する幻の部屋の怪『十三号室』
 「黒の巡礼」から戻ったという悪名高き領主の霊廟を訪れた好古家のふとした一言が、恐ろしい運命に彼を誘う『マグヌス伯爵』
 休暇に訪れた海岸地方の遺跡で拾った笛を吹いたことから引き起こされる悪夢のような出来事『「若者よ、口笛吹かばわれ行かん」』
 大量の黄金を隠したという修道院長が遺した暗号を解き明かした男が、その指し示す先で遭遇した恐怖『トマス修道院長の宝』

 これらの作品に、題名どおり作者の構想段階のアイディアの数々を記した付録のエッセイ『私が書こうと思った話』が加わり、実にバラエティに富んだ一冊であります。


 正直なところ、私はジェイムズの作品は、これまで創元推理文庫から二度刊行された作品集、あるいは様々なアンソロジーに収録されたものを何度も読んでおります。
 しかしそれでも何度読んでも面白いのは、やはりそれだけ物語の持つポテンシャルが高く、何よりも愉しさと怖さのバランスが素晴らしいことによるのでしょう。

 それはまさに作者自身が序文で述べているように、「夕暮れに寂しい道を歩む時や、夜中に消えかけた暖炉の火の前に座っている時、愉快にして且つ不安な気持ち」になるような作品群なのであります。

 さて、南條竹則の新訳についてですが、堅苦しい言葉遣いは少なめに、柔らかな言葉と文章を中心に訳されている印象があります。
 この辺りは、かなり堅めに感じられる訳文と合わせて好みが分かれるところかもしれませんが、先に述べたような作者の語り口と重なるような文体は、作品の魅力を引き出すために一役買っていることに間違いありません。

 何よりも作者の名品の多くをこうして手軽に読めるようになったことは、何よりも素晴らしいことだというほかないでしょう。
 既読の方も、これまで作者の作品に触れたことのなかった方も、一度手に取っていただきたい一冊です。


『消えた心臓/マグヌス伯爵』(M・R・ジェイムズ 光文社古典新訳文庫) Amazon

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