唐々煙『MARS RED』第1巻 人間の中のヴァンパイア、ヴァンパイアの中の人間
時は大正、ヴァンパイアを戦力として目をつけた帝国陸軍は金剛鉄兵計画を開始、4人のヴァンパイアを実働部隊とする零機関を発足させた。一方、連続猟奇殺人を追う女性記者・葵は、ヴァンパイアと零機関が激突する場に遭遇し、死んだはずの幼馴染・秀太郎が零機関の一員となっていることを知る……
2013年・2015年に上演された(そして来年アニメ化が予定されている)音楽朗読劇という、一風変わった題材を漫画化した作品であります。
漫画を担当するのは、再演時にイラストを担当した唐々煙ですが――実はそれがきっかけで元作品に興味を持ったものの、なかなか接する機会がなかった身としては、今回の漫画化は、実にありがたいお話です。
さて、本作は、大正時代を舞台とした吸血鬼もの。日本が舞台の吸血鬼ものは既にさまで珍しくはありませんが、本作のユニークなのは、吸血鬼(ヴァンパイア)である主人公・栗栖秀太郎が、軍属である――というより軍の秘密兵器扱いであるということでしょう。
まだこの第1巻の段階では、作中の設定の全てが明かされたわけではありませんが、舞台となるのは、決して表向きにはされていないとはいえ、ヴァンパイアが人々の間に存在し、そして各国政府がそれを察知し、利用している世界。
そしてその力を兵器利用せんとする中島中将を責任者とするのが金剛鉄兵計画であり、秀太郎たちが所属する憲兵隊内部の零機関なのであります。
しかし上で述べたように、一般人はヴァンパイアが存在するなど夢にも思っておらず――秀太郎も、自分がそうなるまで同様の認識。
そんな人間が吸血鬼となったとき、何を思い、どのように行動するのか――それが本作の趣向であると感じさせられました。(と、この辺りは原作者のあとがきに明示されているのですが、その試みは少なくともこの第1巻を読んだ限りでは成功していると感じます)
もちろん自らがヴァンパイアになったことは絶対の秘密であり――それどころか公的には死亡したことになっている零機関の四人のヴァンパイア。しかしその中でも、少なくとも後からヴァンパイアとなった秀太郎と山上少佐の二人は、いまだ自らの運命の変化に馴染めず、「生前」を引きずった状態にあります。
それと如何に向き合い、「生前」の自分と別れを告げるか――それがある意味この巻のクライマックスと言ってもよいかもしれません。
特に、小太りの中年でヴァンパイアの能力的にも最低クラスと、およそパッとしない山上に、主人公である秀太郎よりもある意味ドラマチックな展開が用意されていたのは――単純にヴァンパイアをヒーローにも怪物にもしようとしない姿勢の現れのように感じられて、大いに好感が持てたところであります。
金剛鉄兵計画と零機関のあらまし、帝都に跳梁する謎のヴァンパイアたちとの対決、秀太郎と葵のドラマが、それぞれ平行して描かれていることもあり、正直なところ、物語的にはまだまだ導入部といった印象のあるこの第1巻。
しかし、上に述べたヴァンパイアに対する視点の面白さ(この他にも、ランクの低いヴァンパイアほど本能的に他のヴァンパイアを感知する能力が高いといった設定もいい)もあり――もちろんビジュアル面の魅力は言うまでもなく――この先が期待できそうな物語であります。
冒頭に描かれた、数年後の関東大震災の場面にいかに繋がっていくのか、そしてタイトルの意味するところは何なのかも含めて、人間の中のヴァンパイアの物語、あるいはヴァンパイアの中の人間の物語の先行きを楽しみにしたいと思います。
『MARS RED』第1巻(唐々煙&藤沢文翁 マッグガーデンコミックスBeat'sシリーズ) Amazon
| 固定リンク