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2020.06.14

木下昌輝『信長、天を堕とす』 恐怖を知らぬ精神が浮き彫りにする信長の中の人間性

 若き日より、本当の強さを求めてきた織田信長。腹心であった岩室長門守の、本当の強さは恐怖を受け止めることという言葉を胸に、信長は己を恐怖させるものを求めて強敵に挑み続ける。その果てに、天下を掴むまであとわずかとなった信長が、己の強さを量る存在として選んだ相手とは……

 今年の大河ドラマにおいても強烈なインパクトを放つ織田信長。本作は、その信長の生涯――というより信長のパーソナリティを、ユニークな視点から切り取った作品であります。
 本作で描かれるのは、桶狭間の戦いから本能寺の変に至るまでの信長の姿――といえばあまりにも定番中の定番と感じられるかもしれませんが、そこで描かれる信長像こそが、実に独特であり、本作の主題と言うべきものなのです。

 若き日から己の強さを恃み、今川をはじめとする諸大名を相手に己が強者であることを証明することを誓う信長。しかし今川との決戦直前、熱田神宮の信長のもとに駆けつけた馬廻衆はわずか五人――そして桶狭間で天候に助けられて義元を討ったものの、その後も逃走することなく挑んでくる今川の侍大将たちの姿に、信長は自分が強者ではないことを痛感することになります。

 そしてその翌年、腹心であった岩室長門守が討ち死にする直前に信長に遺した言葉――「恐怖を受けとめて、乗り切る。それなくして、本当の強さは得られませぬ」が、その後の信長を縛ることになります。
 何故ならば、信長はこの世に生を受けて以来、ただ一度しか恐怖を感じたことのない人間。今のままであれば、自分は強者になれないのか。それであれば、強者となるために、自分を恐怖させる者と戦うに如くはない――信長はそう考えるのでした。

 そして、己の妹を嫁がせた浅井長政、死を恐れぬように挑んでくる一向宗、最強の敵である武田家らと戦いを繰り広げ、勝利を収めていく信長。
 それでもなお、桶狭間の頃と比べ自分は強くなったのか、共にに戦い死んでくれる者がどれだけいるのか――彼はそんな疑念を抱き続けることになります。やがて彼は、自分と同様の異才と炯眼、そして非情さと苛烈さを持つある武将を、己の鏡と思い定めるのですが……


 信長という人物を語る時に、最も用いられるキーワード――それは、「合理性」ではないでしょうか。将軍家や宗教といった既存の権威を次々と否定し、鉄砲という新兵器を活用し、生まれに関わらず才ある者を抜擢する――そんな信長の行動を支えるものとして、合理性を挙げる作品は少なくありません。
 信長を一種名探偵的な合理性の化身として描いた作者の『炯眼に候』は、まさにその典型といえるかもしれません。

 本作の信長も、表面的にはそうした信長像と大きく変わるものではないように見えます。
 しかしその一見超人的な信長を支えるものが、むしろ「強さ」の渇望と、それと背中合わせの「恐怖」の追求であった――本作はそんな視点から、信長という人間を再解釈することになります。そしてその視点は、むしろそうした合理性とはかけ離れた、独特の人間性を浮き彫りにすることになるのであります。

 そんな信長の姿は、やはりどこまでも歪であり、我々読者の共感を呼ぶというものではないかもしれません。しかしその信長が自分が鏡と認める者の前で思わぬ人間味を見せる姿、そしてそのために滅びに向かいながらついに自分の求めていたものを手にする姿には、不思議な感動があります

 それは、信長もまた、自分自身に価値があることを求めて呻吟する、我々と変わらぬ人間であると――そう確認できたからなのかもしれません。


 信長の生涯を描くには比較的ページ数が少ないこと、また雑誌連載であったこと、そして何よりも天野純希の『信長、天が誅する』と連動した内容であるためか――一つの作品として見た場合、やや性急であったり、説明不足に感じられる部分がないわけではありません。
 しかしそれでもなお、信長の精神的な超人性を描くことによって、それと背中合わせの彼の人間性を浮き彫りにしてみせた本作は、希有の作品であることは間違いありません。

 もちろん、『信長、天が誅する』も近日中にご紹介したいと思います。


『信長、天を堕とす』(木下昌輝 幻冬舎) Amazon

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