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2020.07.30

諸星大二郎『碁娘伝』 不滅の侠女、剣と碁で悪を討つ

 作者の得意のジャンルである中国ものの一つとして、長きにわたり描き継がれてきた連作――唐代を舞台に、碁と剣を武器に大の男たちを叩きのめす侠女・碁娘の痛快な活躍を描くシリーズであります。(作品の内容に踏み込んで触れた部分がありますのでご注意ください)

 城外の没落した名家の廃屋に出没するという奇怪な妖怪の噂。若く美しい女性の姿をしたその妖怪は、屋敷に一人で来た男に碁の勝負を挑み、自分が勝つと相手の耳を切り取るというのです。
 妖怪を退治してやろうと屋敷を訪れた腕自慢の豪傑があっさりと敗れて片耳を奪われ、いよいよ高まるその噂。次に屋敷を訪れた男の前にも、やはりその娘は現れたのですが……

 と、何か原作があるのではないかと思ってしまうほど、志怪小説めいた内容のシリーズ第1作『碁娘伝』。しかし碁娘の正体と目的が明らかになった時、物語はむしろ武侠もの的な性格を見せることになります。

 碁娘――彼女の正体は、この荒れ果てた屋敷の一人娘・高玉英。かつてある男が無理矢理挑んできた囲碁の賭け勝負で家宝の硯を奪われた末、父を殺された彼女は、囲碁と美女に目のない下手人を誘き寄せるために、噂を広めていたのであります。
 そして現れた父の仇を見事に討ち、家宝を取り戻した彼女は、忠僕の老人とともに姿を消すのですが――しかしその後も碁娘の活躍は続きます。第2話『碁娘後伝』では、何と妓女として登場した碁娘の活躍が描かれることになります。

 囲碁で自分を負かした相手でなければ肌身は許さず、力づくで来る相手には逆に叩きのめすことも辞さないことでかえって評判となった妓女・玉英。ところがそんな彼女の周囲で男たちが何者かに斬り殺される事件が連続し、犠牲者たちのある共通点から、劉知府は自分が次のターゲットであると悟るのでした。
 しかし大胆にも玉英を招き、囲碁の勝負を望む知府。しかしその場には護衛として軍司馬の呉壮令をはじめとする腕利きたちが集められ、玉英は彼らに周囲を囲まれながら知府との勝負を繰り広げることになります。

 果たして勝負の行方は、そして玉英=碁娘は知府を討ち、その場から逃れることができるのか……

 という第2話以降は、碁娘は恩人や苦しむ人々のために悪を斬る侠女として大活躍。その囲碁と剣の腕は相変わらず冴え渡りますが、しかし敵も強大かつ巧妙となり、碁娘がどのように難局に勝利を収めるかが、物語の主題となります。
 特に第2話ラストの、四方を敵に囲まれた絶体絶命の状態からの大逆転劇はシリーズ屈指の名場面。さらに第3話の『碁娘翅鳥剣』では、彼女を宿敵として追う呉壮令や悪人たちが張り巡らせた守りの陣を、いかに突破するかというシチュエーションからの見事な一撃が痛快であります。

 一方、第3話からは、偶然彼女の「仕事」を目撃した囲碁の名手の青年・李棗中も登場。第4話『棋盤山』では、この李棗中と碁娘の師が見守る中、碁娘と呉壮令の剣による勝負が繰り広げられることになります。
 剣の腕だけであれば碁娘をも上回る呉壮令。しかし碁娘の強さはそれだけでなく――と、本書の掉尾を飾るにふわさしい内容の物語であります。


 そんなわけで、作者の中国ものとしてはスケールは控えめではあるのですが、キャラクター造形やストーリー展開の面白さでは、おさおさ他の作品に劣るものではない本作。
 特に先に述べたように、中国の志怪小説や伝奇小説から飛び出してきたような碁娘/玉英のキャラクターは実に魅力的であり、初出の1985年から今に至るまで描き継がれているのもよくわかるというものであります。

 ちなみに本シリーズには、2016年に刊行された諸星大二郎スペシャルセレクション版に書き下ろし作品『ある夜の対局』が収録されております。
 恥ずかしながら今回底本としたのは希望コミックス版のため、今回は紹介を省略させていただきますが、2001年の作品である『棋盤山』から考えると実に15年ぶりの登場なのには驚かされますが――しかし碁娘であればそれくらいの不滅ぶりは当然、と納得してしまうのも事実なのであります。


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