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2020.07.09

矢島綾&吾峠呼世晴『鬼滅の刃 風の道しるべ』 風柱の過去、語られざる過去

 同日に原作単行本、ノベライゼーション(の電子版)、そして本書と、都合3点が発売された『鬼滅の刃』関連書籍。本書はこれまでもご紹介してきた矢島綾による小説版第3弾であります。これまで以上に踏み込んだエピソードの多い本書、キメツ学園を含めた全5話構成であります。

 これまで、(キメツ学園以外は)原作の語られざるエピソードを短編形式で収録してきたこの小説版ですが、今回もそのスタイルは健在。しかしその原作とのリンクの仕方は、より大きく、あるいは絶妙なところを突いていくようになった印象があります。

 その最たるものが、表題作であり、本書の4割を占めるボリュームの第1話「風の道しるべ」。風柱・不死川実弥の鬼殺隊入隊から、柱昇格までを中心に描く物語ですが――原作ファンであればよくご存じのとおり、そこにはもう一人の人物が大きく絡むこととなります。

 それは実弥にとって親しい人物であった粂野匡近――実弥を鬼殺隊に紹介し、そして二人で下弦の壱を倒したものの、自らはその戦いで命を落とした(そして結果的に実弥は柱に昇格することとなった)人物であります。
 この匡近、原作ではわずか2ページの出番(アップは一コマのみ!)ながら、実弥の人生に大きな影響を与えたことを窺わせるキャラだったのですが――このエピソードでは、彼の人となりや実弥との関係性が大きくクローズアップされることになります。

 原作にあるとおり、ただ一人力任せで鬼と戦っていた実弥と出会い、育手である自分の師を紹介した――すなわち実弥にとって兄弟子に当たる――匡近。自分とは正反対の、明るく軽薄にすら感じられる匡近に反発を抱きながらも、やがて名前で呼び合う仲になっていく実弥ですが、中堅にまで成長した二人は、ある日共同で任務に当たることになります。
 それは子供ばかりが行方不明になるという空き屋敷の調査――そこにはかつて、夫に虐待され、娘を病で失った末に姿を消した美しい女性が住んでいたというのであります。しかし屋敷に一歩足を踏み入れた実弥と匡近は、いつの間にか離ればなれとなって……

 先に述べた通り二人を待つ運命は明確なわけですが、そこに至るまでを丹念に描いていくこのエピソード。実弥と対照的に脳天気ですらある匡近の言動が漫画的ではあるのですが、しかしそれが実は――という展開は、予想はできたものの、グッとくるものがあります。
 そして本作オリジナルの下弦の壱も、シチュエーション的にちょっとだけ原作の別の鬼を思わせる部分はあるものの、実に厭なキャラクターと能力は印象的な造形。そして何よりもこの鬼が実弥を狙う理由が、彼の戦う理由に繋がる辺り、実弥の語られざる物語の敵として、納得できたところであります。


 と、第1話で大きく分量を取ってしまったので、簡単に他のエピソードを紹介すれば――
 鋼鐵塚蛍37歳のポンコツぶりを矯正するために周囲が仕組んだ見合いの顛末「鋼鐵塚蛍のお見合い」
 蝶屋敷で起きたある出来事をきっかけに生まれた伊之助とカナヲの交流「花と獣」
 移転間近の刀鍛治の里で、無一郎と小鉄が壊れた絡繰人形を直す姿を通じて無一郎の成長と夢を描く「明日の約束」
 学園で噂される怪談の内容を確かめに夜の校舎に向かった宇随・煉獄・カナエ・義勇が起こす騒動「中高一貫☆キメツ学園物語!! ミッドナイト・パレード」
 と、硬軟取り混ぜた内容であります

 これらのエピソードもさすがに手慣れた内容という印象なのですが、個人的にはちょっと驚いたのは第3話と第4話であります。
 第3話では、カナエが童磨戦直後に髪が乱れていたのが善逸と再会時には髪飾りをつけていた描写。そして第4話では、刀鍛治の里編で戦った面子と善逸・伊之助が賑やかに騒いでいるという、冷静に考えればこれ何時だ!? な第21巻冒頭の無一郎の回想の一コマ――このそれぞれにフォローが入っているのであります。

 細かいといえば非常に細かい点であり、(これまで同様)原作の小ネタを拾いすぎるのが鼻につく面もなきにしもあらずですが――しかし原作の語られざる物語を描くものとして、大いに納得できるスタンスではあります。


 というわけで今回も楽しめた小説版なのですが、唯一の問題は、原作完結の後に振り返ると(特に同時発売の原作第21巻の後だと)色々と曇らされる点でしょうか。
 いや、これは全く以て本作の責任ではないのですが……


『鬼滅の刃 風の道しるべ 』(矢島綾&吾峠呼世晴 集英社JUMP j BOOKS) Amazon


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