吉川景都『鬼を飼う』第7巻 大団円 この世界に生きる同じ「いきもの」たちを描く物語
神話や伝説に登場する様々な妖怪や魔物たちを思わせる幻の獣たち・奇獣との出会いと戦いの物語『鬼を飼う』も、ついにこの第7巻で完結であります。恐るべき力を持つ伝説の奇獣「ナンバー04」の行方は、奇獣商ザイードの目的とは。そして全ての謎と因縁が解き明かされた時、鷹名とアリスの運命は……
恐るべき殺傷力を持ち、奇獣を食うと言われる「ナンバー04」。かつて日露の戦場でこの奇獣と遭遇し、友人であった三条を殺されて以来、それを追うことのみを目的として来て生きてきた四王天、この04の力を手に入れてクーデターを起こそうとする宍戸、04を求めて日本政府に接近し暗躍するザイード……
彼ら04を巡る者たちの戦いは、鷹名と司、「夜叉」の面々、マルグリッド、天久と徳永、そして何よりもアリスを巻き込んで、いよいよ決戦に臨むことになります。
そんな中、ついに異形の奇獣・スキュラと化したアリスと、それでも彼女を受入れ、共に在ろうとする鷹名。しかし何故か彼女を執拗に狙う宍戸にアリスを連れ去られ、四王天と夜叉、鷹名たちは予測される次の04出現場所――富士山麓に向かうのでした。
そしてそこで待ち受けるザイードと宍戸と対峙した時、ついに出現する04。
果たして04の正体とは。宍戸の、ザイードの真実とは。そして人間と奇獣の運命は。決戦の地で、全ての真実が明かされた時、アリスと鷹名の選ぶ道は……
かくて本作は、まさに「大団円」と呼ぶべき結末を迎えることになりました。
前巻の紹介でも述べたように、終盤に来て、一気に一点に収束していくこととなった作中の要素や登場人物。その収束点こそがナンバー04であり――そして出現の地であることは言うまでもありません。
そこで次々と明かされていくのは、登場人物たちの、そして物語に散りばめられた秘密また秘密――それが明かされていくたびに、パズルのピースが一つ一つ嵌っていくように、巨大な絵が浮かびあがる様は、まさに伝奇物語の醍醐味というほかありません。
しかし、それは同時にまったく紹介者泣かせであります。何しろ物語のほとんど全てが秘密でできているようなもので、読みどころを紹介することができないのですから……
(それでも、無力に見えたあの人物が、その背負わされた過酷な運命の力で一矢報いた場面、そして最終決戦の最後の最後で逆転の鍵となったのが、今となっては実に懐かしいものであった場面にはグッと来た――と言うのは許されるでしょう)
そのため、あいまいな表現となってしまい恐縮ではありますが――しかし鷹名とアリスの物語の結末には触れないわけにはいかないでしょう。
希少な鬼飼血統の末裔として生まれた鷹名と、奇獣スキュラの幼生であるアリス。二人の出会いから始まった物語は、同じ二人によって幕を閉じることとなります。それがどのような形となったのか――その詳細は述べられませんが、そこに一抹の寂しさが伴うものであったことは否定できません。
しかしそれを「運命」と評するつもりはありません。ここで二人が選んだ道は、そんなものに――すなわち二人が持って生まれたものに流されたのではなく、これまでの出会いから二人が感じたもの、二人の中に生まれたものを受け止めた上で、自分たちで選んだものなのですから。
その二人の選択とそこにある意志は、あるいは未来への希望ということができるでしょう。そしてその点において二人の物語は、本作のもう一方の軸でありながら、初めから過去に因われ続け、奇獣に挑み続けた四王天の物語と対象的なものであると感じます。
そしてまた、その二人の選択に、我々読者の分身とも言うべき司――鷹名に振り回され、その後をついていくのがやっとであった愛すべき凡人の存在が、決して意味がないものではなかったと感じるのも、決して故なきことではないでしょう。
かくて物語は終わりを告げました。しかしその結末の先には我々の世界が存在します。そしてそのどこかには――そう考える時、どこかホッとした気分になるのは私だけではないでしょう。
「実在の」妖怪や魔物たちを題材にしつつも、そこに新たな命を与え、既存の神話や伝説とは異なる伝奇物語を生み出してみせる――それだけでなく、同じ世界で暮らすごく普通の人々の姿をも同時に描いてみせた本作。この結末は、そんな物語だからこそ辿り着けたものであると感じられます。
この世界に生きる同じ「いきもの」たちを描いた物語として……
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