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2020.07.07

吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第21巻 無惨復活、そして二人の「超人」の間の相違

 連載は先日完結しましたが、本書と同日に小説版(電子版では児童向けノベライズも)も刊行され、いまだ人気絶頂の本作。黒死牟との死闘もようやく終結し、残る鬼舞辻無惨とついに対峙した炭治郎ですが、果たして無惨の実力とは、そしてその果てに炭治郎が見た光景とは……

 かつては鬼殺隊の剣士・継国巌勝でありながら、天才剣士であった弟の縁壱へのコンプレックスの果てに鬼と化した黒死牟に挑んだ悲鳴嶼・不死川兄弟・時透の四人。死闘に継ぐ死闘の果てに彼らはついに黒死牟を滅ぼしたものの、年若い二人が命を落とすという衝撃的な結末を迎えることとなります。

 かくて上弦の鬼は(まだ新たな上弦の肆の鳴女はいるものの)打倒され、残るは鬼舞辻無惨のみ。その無惨も、先代のお屋形様の自爆、悲鳴嶼の渾身の一撃、珠世の人間化薬を喰らって深手を負ったはずですが――しかし傷を癒やし続けてきた無惨は、体中に大量の口を生じさせた異形の姿で、ついに復活。
 折悪しくその前に辿り着いていた鬼殺隊士たちを喰らい、完全復活を遂げた無惨の前に、あたかも導かれたかのように炭治郎と義勇は立つのですが……


 物語のほとんど冒頭から登場しながらも、これまで本格的な戦闘シーンがほとんど描かれることのなかった無惨。その前の黒死牟が能力的にも設定的にも強力すぎたために、無惨は実力では一歩譲るのでは? と頭に一瞬よぎった想いは、すぐに徹底的に否定されることになります。

 今のところ無惨の攻撃は、体中から伸びた触手による打撃という一種類のみ。しかしその早さが、間合いが、軌道の変幻自在ぶりが、全てが異常に高レベルの上に、一撃でも食らえば猛毒の血で死亡確定という反則クラスの性能であります。
 炭治郎と義勇、後から加わった甘露寺・伊黒・悲鳴嶼・不死川らが一斉攻撃を仕掛けてもこれを凌ぎ、反撃するその力は、やはりラスボスに相応しいものといえるでしょう。

 が、無惨の場合、彼を最後の敵たらしめているのは、その力だけでなく、精神性によるところも大であると言うほかありません。
 炭治郎と義勇を前にした時に放った言葉――自分の所業を当然のものとして語り、これに抗する鬼殺隊を異常と断じる、その尋常でない自己肯定感と他者への無関心こそは、これまで物語の中で描かれてきた鬼という存在の、ある意味極みと感じられます。

 少なくとも、これまで幾度かあったように怒りで目からハイライトが消えた炭治郎だけでなく、あの鉄面皮の義勇までもがはっきりと怒りの表情を浮かべるのですから、これは本物というほかありません。


 しかしこの巻の終盤では、その無惨とある意味対になる者――継国縁壱の姿が描かれることとなります。彼の少年時代と鬼殺隊時代、そして最期は、以前に兄である巌勝の目から描かれましたが、ここではこれまで描かれなかった時代の彼が、そして何よりもその内面が描かれるのであります。

 自らも相当の使い手であった巌勝をして強い劣等感を抱かせ、鬼に走らせたほどの天才であった縁壱。巌勝の目に映るその姿はまさしく「超人」――凡俗にとっては、その強さだけでなく、あまりに広い心の器も含めて、そう評したくなってしまうほどであることは間違いありません。
 そしてそんな彼の姿は、人間の域を遥かに超えたという点で無惨に通じるものがあると言えますが――しかし、炭治郎が先祖の記憶の中で見た姿は、どうであったでしょうか?

 ただ愛する人との静かな暮らしを望み、それを喪った時、悲しむ。鬼を生み出した無惨に静かに怒りを燃やす――そんな縁壱の姿は、炭治郎と、そして我々読者たちと――つまりは普通の人間と変わるものではありません。
 もちろん、その力は常人を遥かに超えたものであったにせよ(千八百のうち千五百余を斬るって……)、その精神性はあくまでも人間のそれであり――強大な力を手にして他者を下に見ることしかできなくなった無惨とは、明確に異なるものなのであります。

 何よりもこの巻のラストでの姿を目にすれば、縁壱という「超人」の内面が、痛いほどわかるのですから……


 そしてこの過去の物語において、これまで謎であった日の呼吸の型がヒノカミ神楽として竈門家に伝わった事情が描かれたわけですが――しかしそれを受け継ぎ、振るうべき炭治郎は今、絶体絶命の状態にあります。
 果たしてそこから立ち上がることができるのか、そして決戦の地に急ぐ禰豆子の行動の意味は。残すところあと二巻、まだ最終決戦は、そして真の地獄は始まったばかりであります。


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