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2020.07.29

天野純希『信長、天が誅する』 「定番の」信長像が照らし出す人々の陰影

 木下昌輝の『信長、天を堕とす』と表裏一体を為す連作短編集――『信長、天を堕とす』が信長視点で描かれていたのに対して、信長と対峙した者たちの視点から描かれる全5話を収録した連作短編集であります。

 「小説幻冬」誌で約二年半にわたり展開された「信長プロジェクト」――これは二人の作家が、互いに補完し合うそれぞれの作品において織田信長を描くという、非常にユニークな試みでありました。
 冒頭に述べたとおり、木下昌輝の『信長、天を堕とす』が信長の視点からその生涯を描いた作品であるのに対し、本作は信長に抗し、信長によって運命を変えられた五人を主人公として描くのです。すなわち、以下のように――

 今川家の下でいいように使われる自分に諦めを感じていた井伊直盛が、桶狭間で信長と遭遇する「野望の狭間」
 兄の命じるままに浅井長政に嫁いだ市が、浅井家の最期を前に織田家の滅亡を我が子に託す「鬼の血統」
 弥陀の存在を疑わず、極楽往生を信じて長島で信長と戦った、本願寺の下間頼旦の心の揺らぎを描く「弥陀と魔王」
 信長にどこか親近感を抱きながらも孤独な戦いを続けた武田勝頼が、滅亡を前に自分の行くべき道を見出す「天の道、人の道」
 自分の才を試すために放浪を続けた末、信長の下で力を発揮しながらも、信長の意外な顔に限界を悟った明智光秀の選択「天道の旗」

 桶狭間、姉川、長島、設楽原・天王山、そして本能寺――本作においては、いずれも信長の生涯で大きな意味を持つ合戦を背景に、様々な視点から起伏に富んだ物語が描かれることになります。
(第1話がちょっと意外な人物ですが、発表時期を見てまあ納得)


 ただ、文字通り恐れを知らぬ「超人」信長の人知れぬ悩み描いた『信長、天を堕とす』に比べると、そうした彼の素顔の見えぬ本作の方は、従来の信長像――合理性を重んじ、伝統を破壊して顧みない峻厳苛烈な魔王――に忠実な印象で、意外性や新鮮味という点でいささか物足りないものがあるのも事実であります。

 その意味では、本作はむしろやはり信長と敵対し、敗れていった者たちを描いた、作者の『信長嫌い』と大きく重なるものを、どうしても感じてしまう点はあります。
(本作の方が、よりメジャーな人物を主役に据えているという違いはありますが)


 もちろんそうした中にも、作者らしい視点、魅力は様々に存在しています。

 例えばある意味信長と同じ悩みを抱えながらも、あくまでも「人間」として生き抜いてみせた武田勝頼の姿を描いた第4話は、彼を巷説にいうような単なる愚将などとして描かず、彼の最後の決断に至るまでを丹念に描く物語が強く印象に残ります。

 また、掉尾を飾る第5話は、本作の中で最も特に『信長、天を堕とす』とのリンクが濃厚な物語だけあって、勝頼とは全く別の意味でもう一人の信長ともいうべき光秀の内面を、信長が秘めた顔と照らし合わせ――そしてそれが光秀の最後の選択に繋がっていく姿に、何とも言えぬ説得力を与えていたと感じます。

 この辺りはやはりさすがこの作者ならではと言うほかないものであって、その他の主人公たちも、特にお市など、これまでありそうでなかった人物像を浮き彫りにしていることに注目すべきでしょう。
 あるいは、あえて定番の信長像を描くことにより、それに照らし出される人々の意外な陰影を描き出してみせた物語――そう本作は評するべきかもしれません。


『信長、天が誅する』(天野純希 幻冬舎) Amazon


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