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2020.08.02

海上剣痴『仙侠五花剣』 剣仙と弟子と宝剣と 幻の剣侠小説邦訳

 電子書籍オリジナルには時折思わぬ宝物があることはこれまで何度か申し上げましたが、本作もその一つであります。清朝末期、上海の新聞に連載された剣侠小説である『仙侠五花剣』――日本ではタイトルとあらまししか紹介されていなかった剣仙と宝剣の物語が、編訳の形で電子書籍化されたのです。

 時は宋の高宗の時代、(みんな大嫌いの)秦檜の親族であり、金国の侵略に備えると称して駐屯しながら庶民を苦しめる軍司令官・秦応龍に家族を惨殺された少女が、自らもあわや――というところで現れた女剣士・紅線に救われる場面から始まる本作。
 実は紅線は世の乱れを愁い、下界で弟子を取って剣を伝えて義侠の行いをしようと志す剣仙の一人。彼女は仙界で花のしずくから錬られた五色五本の宝剣の一つ・桃花剣を素雲に授けると、剣術を伝授し、素雲はそれを用いて秦応龍を付け狙うことになります。

 しかし敵は単なる悪人ではなく凄腕の達人、苦戦を強いられる素雲を助けたのは、同じく剣仙の黄衫客と、近くの雷家堡の村主である好漢・雷一鳴。彼らを巻き込んで激化した戦いの末に討たれる秦応龍ですが、今度は彼と繋がっていた県長官・甄衛の悪事が人々を苦しめることになります。
 彼に横恋慕された末に秦応龍殺しの罪を着せられた妓女・薛飛霞と、彼女を助けんとする義侠の君子・文雲龍もまた剣仙たちと出会い、その剣術と仙剣を継いで悪との戦いに身を投じることに……


 というのが本作のほぼ前半部分の物語。貪官汚吏に苦しめられる人々を、義侠の好漢たちが助ける――という展開自体は、これはもう中国の豪侠小説や侠義小説ではお馴染みのものではありますが、本作の特徴は言うまでもなく、仙界からやってきた剣仙とその弟子たちの物語であるという点でしょう。

 本作に登場する剣仙たち――?髯公、聶陰娘、空空児、黄衫客、紅線は、実はいずれもいわゆる「唐代伝奇」に登場する有名な剣侠たち(例えば聶陰娘の物語は近年でも映画『黒衣の刺客』の題材となっています)。
 その彼ら彼女らが、その後仙人になっていた――という設定だけでも実に面白い(というより物語の主人公たちが「史実」として取り入れられているのがたまらなく伝奇的です)のですが、そこに五本の仙剣と五人の弟子たちが絡むことで、物語がより起伏に富んだものとなっているのです。

 紅線ー白素雲と桃花剣のほかにも、黄衫客ー雷一鳴と葵花剣、?髯公ー文雲龍と薊花剣、聶陰娘ー薛飛霞と榴花剣と、剣仙と弟子と仙剣の組み合わせは、それぞれの剣が花と色を象徴することで、華やかに物語を――剣戟場面で剣の色の輝きが印象的に描かれることもあって文字通りに――彩ることになります。

 ここで感心させられるのは、仙人として様々な神通力を持つ――その最たるものが、一条の光となって剣に乗って飛ぶ剣遁の術ですが――剣仙たちと、人並み優れた剣術を操りながらもあくまでも人間並みである弟子たちとを配置することにより、アクションを複層的に描いていることでしょうか。
 特に前半の仇討ち物語は、剣仙たちが出れば簡単に決着するのですが、そこで弟子たちが苦闘することで、より物語が盛り上がるという構成が巧みであります。

 ちなみに本作の、武術とそれを用いる際の掟で繋がった師匠と弟子の構造は、『中国の英雄豪傑を読む』所収の岡崎由美「武?小説の世界を読む」によれば、後の武?小説における「武林」の概念に繋がっていく――とのことで、武?小説との繋りの点でも、見逃せない作品であります。


 さて、上に述べた四組の剣仙と弟子と剣の繋りですが、仙剣は五本――ということはもう一組存在することになります。それが空空児と弟子の燕子飛と芙蓉剣なのですが、何とこの燕子飛が実は大悪人。
 空空児を騙して剣術と仙剣を手にし、それを使って盗む・殺す・犯すと悪行の限りを尽くすとんでもない奴で、物語の後半は、この燕子飛との対決が描かれることとなります。

 ここで仙剣vs仙剣の戦いが描かれることとなり、上で触れたカラフルな剣戟も真骨頂、そして何より同じ能力を持った者同士の死闘という実に盛り上がる展開になるのですが――この戦いが長すぎるなあというのが正直な印象。また、物語的に弟子たちではなく剣仙たちがほとんど前面に出てきてしまうのもちょっと残念なところではあります。
(おまけに途中で触れられた目的が完全に忘れ去られて物語が終わってしまうのが……)

 そんなところもありますが、それはまあご愛嬌というべきでしょうか。伝奇ファンタジーと武侠小説の間を繋ぐ物語として、やはり本作は同好の士にとって実に魅力的であり――それをこうして手軽に読めるのは、まことにありがたい話なのですから……


『仙侠五花剣』(海上剣痴 八木原一恵編訳 翠琥出版) Amazon

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