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2020.08.30

畠中恵『猫君』 登場、猫又時代伝奇学園小説!?

 齢二十年で猫又になる直前に飼い主と死別し、妖だと人々に追われる茶虎猫のみかん。先輩猫又に助けられた彼は、猫又の新米として、江戸城の中にある「猫宿」で修行することになる。猫又たちの間で伝説の英雄「猫君」再来が噂され、きな臭い空気が漂う中、みかんは仲間たちと数々の試練に挑む……

 妖怪変化も色々な種類がいますが、生まれつきの妖怪ではなく、しかも妖怪になるまで人間の身近で長く暮らす(と言われる)妖怪というのは、猫又くらいかもしれません。
 しかし考えてみれば、それまで猫として暮らしていたものが、猫又になった途端にいわゆる妖力を得ることができるものでしょうか――そんな疑問に答えるのが本作です。

 そう、本作においては、猫又の世界には猫又の学び舎「猫宿」があり、そこを卒業したものが、一人前の猫又として江戸の町に出て行くことができるのです。
 この猫宿を舞台として、そこに集う新米猫又たちの奮闘を描く――いわば猫又時代伝奇学園小説とでもいうべき、前代未聞の物語が本作であります。


 猫又たちが六つの陣地――武陣・姫陣・黄金陣・学陣・花陣・祭陣――に分かれ、陣取り合戦を繰り広げている江戸。そんな江戸で唯一中立を守り、六陣の新米たちが学ぶ場となるのが、この猫宿――驚くべきことに江戸城内に設けられた学び舎であります。
 六陣を御するほどの力を持ち、かつては徳川家康と面識のあったともいう猫宿の長によって設置されたこの猫宿に今年入学することになったのは、猫又になったばかりのみかん。猫又になる直前、吉原で謎の相手に襲われた彼は、「猫君」なる存在を、猫又たちが探していることを知ります。

 猫君こそは伝説の猫又たちの王――かつて百万の術を使い、全ての猫又たちを統べた存在が、この徳川家斉の治世の江戸に再臨するというではありませんか。
 その猫君を巡り、六陣が、そして家斉までもが色めき立つのですが――みかんたち新米にとっては、少しでも早く様々な術を覚えて一人前の猫又になるほうが大事であります。

 しかし周囲の状況はそれを許さず、みかんたちも否応なしに(気まぐれな猫宿の長が火に油を注いだりするおかげもあって)、様々な騒動に巻き込まれて――というのが本作の基本設定となります。
 かくて全6話構成の本作では、猫宿入学の証となる鍵の玉探し、人に化けて新米たちを襲う謎の猫又との対決、幕府が計画する新たな生類あわれみの令潰し、そして六陣との大勝負等々、次から次へと押し寄せる事件・難題にみかんたちは挑むことになります。

 といっても彼らはまだ人に化けられない、それどころか二又の尻尾を一本に見せるがようやくで、猫宿の外の世界を歩くのもやっとという有様。
 そんな状態でありながら、様々な思惑が入り乱れる江戸城内や六陣に対して、みかんたちが機転と友情で渡り合う姿が、基本ユーモラスに、時々ヒヤリとするほどシビアに描かれるのが、本作の魅力であります。

 特に本作の掉尾を飾る「合戦」では、とある事件から六陣に不信感を抱いたみかんたちが、一月の間に六陣全てからそれぞれ(少しずつ)陣地を奪い取ることを宣言。
 しかし人に化けることもできなければ軍資金もない状況で、果たしてどうやってその目的を成し遂げるのか――というわけで、一種の不可能ミッションものとなっているのが、何とも興味をそそるエピソードであります。


 なお、作者の作品では珍しく――と言うべきか、歴史上の人物と絡めた設定、物語展開となっているのも本作ユニークなところでしょう。
 特に家斉は本作のレギュラーと言ってもよいほどの存在なのですが、しかしそれ以上の存在なのが、猫宿の長と、その片腕ともいうべき猫宿の教授陣の一人・和楽であります。

 実は彼らはそれぞれ戦国時代に○○○○と△△△△と名乗り、時に主従として、最期には命を奪い合った間柄なのですが――なるほど、○○であれば家康に睨みが効くはずだわいと思いつつ、ちょっと物語のトーンからは浮いていた、というより必然性としてどうかなあという印象があったのも正直なところではあります(これは発表時期の関係もありそうですが……)。

 もう一点、「猫君」の行方がちょっと拍子抜けだったのも残念だったところですが、この点はおそらくはあるであろう続編に期待するといたしましょう。
 みかんの、猫宿の仲間たちの猫又猫生は、まだまだ始まったばかりなのですから……


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