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2020.08.05

横山光輝『伊賀の影丸 影丸旅日記の巻』 影丸、戦闘者から隠密に帰る

 葉山藩に潜入した隠密・栗林伝蔵からの連絡が途絶えたことから、現地に向かった影丸。しかしその途中に幾度も影丸は謎の忍びの襲撃を受け、ようやく会った伝蔵も連絡は行っていると語る。何が起きているか調査する中、藩内で阿片の密売が行われていることを知った影丸だが、更に敵の魔手は迫る……

 『伊賀の影丸』全エピソード紹介も、長編はこれでラスト、第8部の『影丸旅日記』であります。ラストではあるものの、正直に申し上げればかなり地味なエピソードなのですが、しかし考えてみるとなかなかに味わい深い内容ではあります。

 物語の筋としては、葉山藩潜入中に消息を断った隠密の安否を探るよう服部半蔵から命じられた影丸が、何故か自分の行動や技を読んでいるような謎の忍びにてこずりながらも、藩内で出回っている阿片の謎に一歩一歩迫っていく――というもの。
 本作としては定番の潜入・探索ものではありますが、謎解き要素が強め(と言っても最大の謎である謎の忍びの正体はすぐにわかるわけですが……)のエピソードであります。

 残念ながら本作の最大の魅力である忍法合戦要素はかなり控え目で、名のある敵忍者は銀之丞と夢之丞のわずか2名(+1名)、味方の側も影丸以外はほとんど役に立たず、影丸単独で全て敵を倒したようなもの。
 もっとも、銀之丞の分身の術と、夢之丞の相手の夢の中に現れて操り味方を殺させる術はほとんど超能力レベル(特に後者)で、単独の戦力で見ればかなりの強者なのですが、それでもラストエピソードとしては寂しいのは否めません。


 そんな物語において印象に残るのは、影丸の隠密としてのある種の安定感、経験値の高さであります。
 例えば冒頭、葉山藩に向かう途中で謎の敵の襲撃を受け、「半蔵さまによびだされ命じられたときはそれほどむずかしい仕事とはおもわなかったが……」というモノローグなど、隠密としての貫禄すら感じさせますし、その後の幾度もの窮地も、淡々と対応していく姿に凄みを感じさせられます。
(特に前述の夢之丞の、ほとんど初見殺しの技を回避した上で、術中に陥った仲間を実験台に攻略法を探るくだりも凄まじい)

 何よりも、(冷静に考えれば本作では全編通じて唯一である)裏切り者との対決という、一番メンタルが揺れそうな場面においても、全く冷徹かつ用意周到に相手を殺しにかかるのには、敵に対しては影丸は容赦ない人間だと知っているこちらも驚かされるほどであります。

 こうして見ると、どうも忍法合戦というある意味イレギュラー(本作ではそれが常態ではありますが、どう考えても隠密の任務には本来はトーナメントバトルは入ってないわけで)がなければ、影丸というのはこんな隠密なのかもしれない――と、彼の普段の姿を垣間見させるのが、このエピソードであったとすら思えます。


 そして、こうした隠密としての影丸の姿がある意味はっきりと表れているのは物語のラスト――全ての陰謀が明るみに出て、中心人物が責任を取って腹を切った後の仲間との会話でしょう。
 「われわれとすればありのままを報告するだけだ」「しょせんわれわれにできることはしらべるというだけだからな」――これらの言葉の中にあるのは、これまでのエピソードの結末にあったような、命がけの戦いに感じる虚無感とはまた異なる感覚でしょう。

 この辺りを突き詰めていくと、あの『影丸と胡蝶』における影丸像になるのでは(発表順は逆ですが)と感じますし、この『伊賀の影丸』という作品のラストエピソードにおいて、影丸という存在が命がけのトーナメントバトルを繰り広げる戦闘者から、本来の姿である隠密に帰ったと言えるのではないか……
 というのはさすがに牽強付会に過ぎるかもしれませんが、最後の最後の台詞がこれというのは、やはり何とも象徴的に感じられるのであります。


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