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2020.09.07

森山まみち『銀のノスタルヂア イーハトーブ幻想童話集』 賢治童話の陰の語られざる美しい物語と世界

 大正11年、新人編集者の千恵島みのりは、『雪渡り』に感銘を受け、無名の作家・宮沢賢治に原稿を依頼すべく花巻に向かう。そこで出会った賢治は、常人には見えない人語を喋る巨大なフクロウ・又三郎を連れた奇妙な青年だった。賢治と共に、みのりは不思議な世界を覗き込むことに……

 宮沢賢治は、その唯一無二と呼ぶべき作品群はもちろんのこと、その根底にある独特の思想や多岐にわたる活動と興味の範囲、そしてそれにもかかわらず生前は作家として不遇と言うべき状態だったこと――様々な点から興味深い人物といえます。
 そのためかフィクションに脇役として登場したり、時に中心人物となることも少なくはないのですが――本作もその一つであります。

 本作の主人公(語り手)となるのは、ある想いを抱えて一人前の編集者となることを目指す少女・みのり。当時は全くの無名だった賢治の『雪渡り』を読んだ彼女は、賢治がどのような人物か会うべく花巻に向かうのですが――強い霊感を持つ彼女は、着いて早々に、バグパイプを持って二本足で歩き、人語を喋る狐に出くわすことになります。
 そしてその狐の言葉に従って向かった先で出会った賢治は、人間ほどもある巨大なフクロウと共に木の上に登り、フクロウの鳴き真似をする奇矯な人物。しかも彼は、女性は苦手とけんもほろろの態度を見せるのでした。

 ショックを受けながらも、賢治が落とした手帳を届けようとしたみのりは、あのフクロウに手帳を奪われ、追いかけるうちに、『雪渡り』に登場する狐の紺三郎の葬列に迷い込むことになって……

 そんな第1話から始まる本作は、このエピソードの『雪渡り』のように、『イギリス海岸』『注文の多い料理店』『鹿踊りのはじまり』と賢治の作品をベースとして展開する物語です。
 ある時はその作品の中に迷い込み、またある時は経験した不思議な出来事が後の作品の題材となり――と、地元を舞台あるいはモチーフとして作品を描いてきた賢治ならではの物語が、ここでは紡がれていくのであります。


 実在の作家を主人公あるいは中心人物とした物語で、その物語で彼が経験したことが、後に作品に影響を与える/結実する――そんな趣向自体は決して珍しくはありません。
 しかし本作の場合、ベースとなる賢治の作品そのもののユニークさはもちろんのこと、さらにその題材に絡める要素そのものやそのチョイスの面白さが、物語の興趣を大きく盛り上げます。

 例えば第2巻に収められた、『注文の多い料理店』をベースとしたエピソード、「山猫サヴァランの巻」では、賢治を語る上では欠かせない妹のトシがゲストとして登場。舞台が大正11年ということもあり、療養中の姿で登場するトシですが、彼女は幼い頃に「よく山に隠された」ことがあり、そしてその時に若き日の(?)山猫に魅入られていた――という、実にそそられる設定で物語が展開することになります。
 作中では、今度は賢治が山猫に捕らえられ、料理されかけたのをみのりが助けに行くことになるのですが、その向かう先が「なめとこ山」なのも楽しく、結末の民俗学的味付けも見事で、本作の中でも特に印象に残ったエピソードであります。

 そのほか、最も分量の多い「髪毛風ふけば」は、鹿踊りを題材に、山神に魅入られた少女を巡るサスペンスが、彼女と兄の心の結びつきや、東北の寒村の何とも物悲しい風習と結びつく佳品。クライマックスで示される救いの姿も見事で、大いに泣かされました。


 しかし本作の素晴らしい点は題材選びと物語展開への活かし方だけではなく、それを描きだす絵にも大いにあると感じます。
 おそらくは全て手描きではないかと思える、柔らかで、華やかさと暖かさを同時に備えた本作の画。それによって本作は、賢治の不思議で美しく、どこか超然とした世界を写し取り、そして同時に本作ならではの物語として再生することに成功しているのです。

 イギリス海岸の水中から飛び出す牛たち、可愛らしさと恐ろしさが漂う山猫たちの調理室――そして何よりも、鹿踊りを言葉で踊る賢治の詩を、さらに絵にして描いてみせるという離れ業。
 本作は、人も動物もそれ以外も、皆等しく想いを持って存在する賢治の美しい世界を巧みに再構成しているのであります。


 残念ながら本作は現在のところ3巻で完結の扱いのようですが、しかしそれはあまりにも勿体無い。賢治の人生はこの先もまだ続き、そして様々な作品が紡がれていくのですから――ぜひいつか、その作品の陰に存在した、語られざる美しい物語と世界を見たいと、心から思うのです。


『銀のノスタルヂア イーハトーブ幻想童話集』(森山まみち 秋田書店ボニータ・コミックス全3巻) 第1巻 Amazon / 第2巻 Amazon / 第3巻 Amazon

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