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2020.09.27

『Thunderbolt Fantasy 西幽玹歌』 浪巫謠、無頼の漢として江湖に起つ

 日本と台湾の才能が結びついた武侠ファンタジー人形劇『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊記』の外伝――第二期に登場し、殤不患の相棒として活躍した吟遊詩人・浪巫謠の過去を描く物語であり、シリーズ全体の前日譚ともいうべき作品であります。

 本編の方がサブタイトルが示すとおり「東離」の地を舞台とした物語であるように、本作はそれと対になる「西幽」――殤不患と浪巫謠の故郷の地を舞台とした物語となります。

 少年時代、雪山で盲目の母に虐待同然の苛烈な修行を課せられていた浪巫謠。しかし不幸な事故で母は雪山から転落し、天涯孤独の身となった彼は、下山してとある酒場に身を寄せ、そこで自らの歌を披露して暮らすことになります。
 その才能を利用することしか興味のない者たちの間で日々を送る浪巫謠。そんな彼にとっての心の安らぎは、謎めいた旅の吟遊詩人の娘・睦天命との一時の語らいの間だけだったのでした。

 しかし違法の営業を行い後ろ暗い者たちばかりが集まっていた酒場に手入れが行われ、捕らえられた浪巫謠は、捕吏の嘯狂狷の口利きで、皇女・嘲風の前に送られることになります。
 彼女の前で演奏を披露することとなった浪巫謠ですが、そこで待っていたのは、演奏とは名ばかりの残忍な殺人ショー――嘲風は演奏する楽師たちに兵をけしかけ、その命が奪われる様を悦んでいたのであります。しかし歌声のみならず卓越した武術の才を発揮した浪巫謠はこれを難なく退け、嘲風の寵を受けることとなるのでした。

 楽師の頂点ともいうべき天籟吟者の称号を与えられ、図らずも彼の母が求めていた通りの栄達を手にした浪巫謠ですが、しかし相手の命を奪う残酷な演奏は止むことなく、その心はすり減っていくばかり。
 そんな中、各地で魔剣を強奪し、禍世螟蝗と並び称される大罪人「啖劍太歳」が、宮中に秘蔵されるという魔剣を狙っているという噂を聞く浪巫謠。そしてある日、彼の前に現れた挑戦者こそは、あの睦天命だったのですが……


 第二期で登場した際には、その魔琵琶からの音色を武器とする強力な技も印象的な強者として、主役級の大活躍を見せた浪巫謠。しかしその一方で、どこまでも寡黙な彼の過去は伺い知れず、あの殤不患が背中を預けるほどの仲であるほかは、ほとんど謎の人物でありました。
 もっとも、過去は不明ながらやたら強いキャラというのは武侠ものではさして珍しいことではないのですが――本作はその過去を丹念に描くことにより、新たな物語を生み出すことに成功したといえます。

 本作で描かれる浪巫謠は、己の大きすぎる才――ほとんど異能とすら呼べるそれに戸惑い、己の生きるべき道も見いだせぬまま、時に他人に利用され、時に他人に賞玩されるというただ流れに流されるままの人物として描かれます。
 その音楽と武術の才は変わらずとも、後の江湖に名を馳せる、孤高さすら感じさせる後の彼とは、全く異なるキャラクターがそこにはあるのです。

 果たしてその彼を変えたものは何なのか? それを細かく述べるのは野暮というものですが――彼に大きな影響を与えたある人物が、刀と柄の関係になぞらえて、人の才と心の在り方を語る言葉は、ある意味「魔剣」を巡る物語である『Thunderbolt Fantasy』という作品の中において、誠に示唆に富んだものと感じます。

 そしてまた、この物語において描かれるものからは、武侠ものにおける「無頼」という言葉の意味が――無法や放蕩といったものではなく、己の身以外に頼むもの無しという独立独歩の、武侠ものの大侠に相応しい生き方を指す意味が――強く感じ取れます。
 そう、本作は浪巫謠という青年が、この無頼の漢として江湖に起つ様を描いた物語ということができます。そしてそれは、単に舞台や物語、キャラクターやアクション造形が「らしい」という以上に、本作が武侠ものであることを、強く感じさせてくれるのであります。


 内容的には、完全にこれまでの『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊記』という作品を観ていることが必要となる物語ではありますが――しかし前提の部分を徹底的に削ぎ落とすことにより、それを共有する人間にとっては、強烈に没入感を高めてくれる作品であることは間違いありません。

 残念ながらここ最近の状況により、第三期の製作はまだ少し先となってしまった模様ですが――少なくとも本作を観れば、安心して待っていることができると、そう感じさせられる作品であります。


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