« 10月の時代伝奇アイテム発売スケジュール | トップページ | 年表掲載のテスト記事2 »

2020.09.14

青木朋『天上恋歌 金の皇女と火の薬師』第1巻 幾つものねじれの中の歴史ラブロマンス

 北宋の徽宗の頃、親善大使として宋の都を訪れた金の皇女・アイラ。しかし彼女は衆人の前で式典で花火を上げた職人の青年・白凛之に抱きついてしまう。実は都までの道中で賊に襲われ、凜之に助けられて以来彼を慕っていたアイラ。しかし彼女には宋の皇子・康王との政略結婚が進められていた……

 『三国志ジョーカー』『ふしぎ道士伝八卦の空』『天空の玉座』と、中華(風)歴史漫画を中心に活躍してきた作者の最新作は、北宋末期を背景に、金の皇女と宋の花火職人の恋を描くラブロマンスであります。

 遼の脅威に対し、同盟を結んでいた宋と金――その親善大使として、宋に向かう途中、何者かの襲撃を受け、傷を受けた愛鳥エルとともに河に落ちたアイラ。そんな彼女とエルを救ったのは、花火の試し打ちのために山に入っていた都の火薬窯子作(朝廷の火薬工房)の青年職人・凜之でした。
 凜之に一目惚れしてしまったアイラは、都の式典で花火を打ち上げた凜之と再会、周囲の目も気にせず抱きついてしまうのですが――しかし彼女自身も知らぬうちに陰で進んでいたのは、彼女と宋の徽宗皇帝の第九皇子・康王との婚礼だったのであります。

 元々変わり者として周囲に知られていた凜之にとって、皇子の正妃になるかもしれないアイラに押しかけられるのは迷惑以外の何ものでもありません。すげない態度を取る凜之ですが、金の使節団の中で集団食中毒が発生。難を逃れたアイラは、皆を救うために医学の心得がある凜之を頼って……


 作者の前作『天空の玉座』も含めて、近年非常に多い中国(風も含めて)の宮廷を舞台としたラブロマンス。本作もおそらくその流れを汲む作品と言えるかと思いますが、なんと言っても本作の最大の特徴は、上で述べたように舞台が末期の北宋であり、そしてヒロインが金の皇女であるという点でしょう。

 当時のまさに「中華」であった宋に対して、北方の新興国に過ぎなかった――何しろ作中で述べられているように、アイラの父は数年前まで国王ならぬ族長であったわけで――金。対遼という点では対等であっても、(少なくとも宋側の人間にとっては)意識の上では決して対等ではない、複雑な関係にあります。

 「身分の低い」ヒロインが、宮廷に入って周囲との様々なギャップに苦しみながら成長していくのが、宮廷ものの一つの典型です。
 本作がそのパターンを辿るかはまだわかりませんが、アイラの場合は、上記のように表向きの身分は高くとも、周囲からはそう見られていない――物語の冒頭、土地の子供から「蛮族」と呼ばれたように――という点で、大きなねじれが生まれることになります。
(この巻において彼女の前に立ちふさがり、大騒動を引き起こす康王の妹・帝姫は、その象徴と言えるかもしれません。彼女自身が何やらややこしい事情を抱えていそうなことを含めて……)

 もちろんそんな中で、身分や周囲の目というものに左右されずに彼女を見つめ、理解する存在が凛之であるはずなのですが――その彼自身はあくまでも一介の花火職人に過ぎないというのが、またねじれを生んでいるのが面白いところでしょう。

 しかし何よりも本作における最大のねじれを生み出す要因が、この先の金と宋の関係であることは言うまでもありません。本作の物語の開始時点は宣和5年(1123年)。このわずか数年後に何が起きるのか――その大きな変化、いや激動を、我々は知っています。
 まず間違いなく本作でも描かれるであろうその激動の中で、アイラは何を想い、どう行動するのか。そして凛之との関係はどのように変化していくのか――史実を背景とするからこその物語の醍醐味を、今から期待している次第です。


 ここからはいささか蛇足めきますが――本作には、アイラに同行する一行の一員として、金の四太子・ウジュが登場します。後の歴史におけるイメージとは大きく異なり、本作のウジュは妹想いの好漢として描かれるのですが――それを見た私の第一印象は、「味方だとウジュは頼もしいなあ」というものでした。
 味方――確かにウジュは、フィクションで登場した時には敵役として登場することが多い人物ではあります。しかしそれはあくまでも宋視点の物語が多いからであって、そこでのイメージは、一方的なものに過ぎません。

 そしてその一方的な視点は、作中でアイラを「蛮族」と呼ぶ人々のそれと地続きと言えます。
 そんな視点を(いかに水滸伝マニアとはいえ)無意識に内面化していたことにショックを受けるとともに、それに気付かせてくれた本作の構図の妙に、改めて感じ入ったところなのです。


『天上恋歌 金の皇女と火の薬師』第1巻(青木朋 秋田書店ボニータコミックス) Amazon

|

« 10月の時代伝奇アイテム発売スケジュール | トップページ | 年表掲載のテスト記事2 »