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2020.10.24

ゆうきまさみ『新九郎、奔る!』第5巻 「領主」新九郎、世の理不尽の前に立つ

 後の北条早雲、伊勢新九郎が室町の渾沌の中で奮闘する『新九郎、奔る!』の最新巻では、荏原編がいよいよ佳境。慣れぬ地で思わぬ窮地に陥った新九郎の姿が描かれることになります。一方、京では新九郎の父の周囲でも激震が走り、いよいよ新九郎の明日は渾沌とした状況に……

 応仁の乱が地方に飛び火していた頃、父の名代として領地の東荏原に向かった新九郎。しかしいざ到着してみれば、伯父の領地である西荏原との境界や経理が曖昧な上に、父が京の政治にかまけっきりだったために領民から領主と認識されていないという、何とも困った状況にあったのであります。
 それでも持ち前の真面目さと几帳面さで領地経営に取り組む新九郎ですが、そんな彼の行動を煙たがる、新九郎の従兄弟にして西荏原の名代・伊勢九郎盛頼と、伯父にして荏原政所長官の珠厳は、新九郎を「落馬」させるべく企みを進め……


 というわけで、いきなり苦闘続きの新九郎の領地経営。西荏原の面々だけでなく、領民からも軽く見られ、味方となるのは京から連れてきた同年代の腹心たちのみ――と、大人でも胃が痛くなる状況ですが、新九郎はわずか16歳であります。
 もちろんこの時代には元服を済ませた立派な大人の年齢ではありますが、しかしそれにしても――いかに応仁の乱のただ中で京の政治の複雑怪奇な様を目の当たりにしていたとはいえ、そしておそらくはこの時代の地方の一般的な状況とはいえ、やはり一足飛びに大変な状況に巻き込まれてしまったとしか言いようがありません。

 そしてこの巻の冒頭で描かれるのは、新九郎を「落馬」させようとする企み。「落馬」といってももちろん字義通りではなく一種の隠語――要するに彼を力づくで取り除く、つまりはコロコロしてしまおうという物騒な企てであります。
 もちろん新九郎もただ座しているわけではありませんが、しかしいきなりの命の危険にその場は大混乱。果たして新九郎の運命は――というところで、事態は全く意外な展開を迎えることになります。


 結局、最初から最後までほとんど蚊帳の外で、経験豊かかつ悪知恵の回る大人相手に振り回される形となった新九郎。それでも何とか窮地をくぐり抜け、恋の予感(?)などもあったりして、少しずつ成長していくのですが――しかしこの巻の後半では、そんな状況を一気に危うくしかねない事態が発生することになります。

 というのも、新九郎の伯父にあたる伊勢伊勢守貞親が、義政を隠居させてその子・春王(後の足利義尚)を将軍位に就けようとした企てが露見し、政所の職を解かれた末に京より遁走。そしてその懐刀として裏工作に従事していた新九郎の父・盛定も無役にになってしまったのですから……
 冷静に考えるとこの二人、本作の物語当初も似たような形で都落ちしたような気がしますが――しかしその時は次代の将軍候補を巡る政争に敗れた末の都落ちであったものが、今回は当代の将軍を引きずり降ろそうとしていたのですから、今回は流石に復権は難しいでしょう。

 しかも貞親は義政の育ての親とも言うべき存在であるのに対し、盛定は言うなれば貞親の単なる部下。この修羅場において全く思わぬ形で描かれた義政と貞親の結びつきには思わずホロリとくるのですが、しかし盛定に対しては全く容赦ないところが、やはり義政の義政たる所以と、天を仰ぎたくもなります。
 読者ですらそうなのですから、そんな親世代の勝手な陰謀合戦の、そして相変わらず気まぐれで気分屋な義政の割りを食う羽目になった新九郎こそいい面の皮でしょう。

 しかしそんな前半とは別の意味での大きな窮地の中でも、新九郎が領地経営をより良くするための新たな仕組み作りに臨む姿は、後の彼――北条早雲が領地経営に長けていたと伝えられることを考えれば、ニヤリとさせられるものがあります。
 もっとも、あくまでもそれは、彼が大人の世界に対してほんの一矢報いたのみに過ぎません。それも「虎」に対しては到底及ぶべくもない一矢を……

 果たして新九郎が世界の理不尽に対して真に対抗し得る時はいつ来るのか。この巻のラストではまたもや大変な事態が勃発し、まだまだ新九郎の向かう先は闇深いようです。


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