山村東『猫奧』第1巻 猫あるあると、ちょっぴりリアルな大奥の姿と
猫というのは犬以上に漫画の題材になりやすいのか、時代ものに限ったとしても猫漫画は相当数が存在します。そこに新たに加わったのが本作――天保期の江戸城大奥を舞台に、大奥に生きる女性たちの姿と、猫あるあるが見事に噛み合った快作です。
数多くの女性たちが暮らす江戸城大奥――その大部分を占める大奥女中たちの実質トップであり、大奥における老中ともいうべき御年寄の一人が、本作の主人公・滝山。
生真面目で普段から険しい表情を崩さず、お役目第一の彼女は、猫を我が子のように可愛がる女性の多い大奥で「猫が好きではない人」として知られているのですが――しかし本当は彼女も大の猫好きなのであります。
ちょっとした巡り合わせから猫を飼う機会に恵まれずに、いつの間にか周囲からは猫嫌いと思われ、しかし今更その評判を否定することもできない滝山。そんな彼女がいま気になっているのは、上臈御年寄・姉小路の飼い猫・吉野ちゃん。
大奥で絶大な権力を持つ姉小路に飼われているにもかかわらず(それだから?)、江戸城中のあちこちを歩き回る吉野ちゃんは、何故か滝山の部屋にしばしば出入りしては我が物顔に振るまい、滝山の心をかき乱すのであります。
さらにライバルの御年寄・花町の飼い猫・こはるちゃんまでも遊びに来て、猫愛と周囲の目の間に板挟みになった滝山の悩みは深まるばかりで……
というわけで、毎回1話4-6ページの短編で構成された本作。分量的に毎回サラッと読めるのですが、とにかく猫の生態が自然で、その一挙手一投足にもわかるわかる! と頷いてしまうのであります。
それに加えて、根が真面目なだけに頑張れば頑張るほど空回ってしまう滝山のキャラクターが愉快で、彼女と対極にあるマイペースの塊の猫たちに振り回される姿が、何ともおかしかったり共感したり――なのであります。
(私もなかなか猫を飼いたくても飼えなかっただけに、悶々たる気持ちはよくわかる……)
というわけで基本的に猫の愛らしさと儘ならなさを楽しむギャグ漫画なのですが、しかしそれも、その背景となる大奥の姿がきっちりと描かれてこそ。
そもそも「大奥」と言われると、どうしても「女の戦い!」「女だらけの不自然な世界!」という印象を全面に出す作品が多い印象がありますが、本作は極端に走らず、ある意味、大奥の――そしてそこに暮らす人々の――素の姿を自然に描いているのに好感が持てます。(楊洲周延の浮世絵で知られる大奥の釈迦もうでも、本作のようにフィクションの題材となるのは珍しいのではないでしょうか)
その一方で、人間よりもよほど良いものを食べている猫ちゃんたちの食費や、上役の歓心を得るために猫の子を譲り受けようとする女中たちの姿など、時折フッと生々しい題材が描かれるのも、また面白いところであります。
実は本作の主人公である滝山(瀧山)や、上臈御年寄の姉小路、果ては花町や滝山の侍女の仲野・ませの二人(あと、ちらっと登場した滝山の弟も)実在の人物。もちろん作中の彼女たちは本作なりにアレンジされているはずですし、実際の彼女たちが猫に目尻を下げていただけではないことも言うまでもありません。
しかし、そんな過去に確かに存在した彼女たちの世界と、現代の我々の世界が、猫を通じてつながり合うというのは、これは大いに楽しいことではないかと感じます。
これからも、たっぷりの猫あるあると、ちょっぴりリアルでシビアな大奥の姿とを、期待したいと思います。
(作者インタビューを拝見したところでは、時代もの的にも大いに信頼できそうな方なので……)
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