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2020.10.31

楠桂『鬼切丸伝』第12巻 鬼と芸能者 そして信長鬼復活――?

 様々な時と場所を渡り歩き、鬼を唯一斬る力を持つ神器名剣・鬼切丸を振るう少年の姿を描く『鬼切丸伝』の最新巻であります。この巻は前巻での予告通りアーティスト特集を中心に、鬼と人間の物語が描かれます。

 というわけで本書の前半で描かれるのはアーティスト――現代に至るまでその名を残す芸能の達人と鬼の物語。冒頭の「秘すれば鬼」は、サブタイトルから察せられるように、能楽を大成した世阿弥を描く物語です。

 室町時代の京に次々と出現する鬼――いずれも能面をかぶったこの鬼たちは鬼切丸の少年に斬り伏せられるものの、犠牲者は恍惚とした表情を浮かべ、むしろ鬼の姿に魅せられていたような様子を見せるのでした。
 その魅せられた者の口から世阿弥の名を聞く少年ですが、はたして世阿弥が謡曲を綴れば、その中の情念が能面に宿り、鬼と化したではありませんか。しかし当の世阿弥自身はそんな自分の力には全く無自覚。驚きつつ鬼切丸を突きつける少年ですが、世阿弥はそんな少年のことを友と呼び……

 と、人とも鬼とも距離をおく少年に(一方的に)友人が生まれるという、全く予想外の展開を見せるこのエピソード。無自覚に周囲の人間を惹き付け、それが鬼を生む人物としては、以前西行が登場しましたが、この世阿弥はそれともまた異なる――というより、人間だけでなく神や妖までも惹き付けるという、稀有の存在として描かれることになります。
 なるほど、幽玄能の生みの親に相応しい力というべきかもしれませんが――しかしその世阿弥にむしろ気に入られてしまった少年こそいい面の皮であります(そして妙に嬉しそうな鈴鹿御前)。しかしやがて暴走を始める世阿弥。その彼に対して、少年の下した選択とは……

 史実に刻まれた、世阿弥の幸福とは言い難い後半生の果てに待つものが何であったか。やはり世阿弥は鬼をも魅了するほどの神懸りの才の持ち主であり、そして少年との間には特別なつながりがあったのだと――そう感じさせられる結末であります。

 また「出雲阿国鬼かぶき」は、かぶき踊りの創始者たる出雲阿国の物語。魔を祓う力を持つ、世阿弥とは別の形で神懸った力の持ち主である阿国は、巷説にあるとおり名古屋山三郎の出会いと別れを経て、男装の舞いで世間の目を独占するのですが――そこに思わぬ形で鬼の存在が絡むことになります。
 巫女として、芸能者として、一人の女性として、苛烈とすらいえる生を送り、少年から称賛の言葉を引き出した彼女の姿は、芸能の力の象徴というものであり――言い換えれば人が持つ鬼に抗する力、人の心の力という希望を見せてくれたのではないでしょうか。


 一方、この巻の後半は、がらりと趣向を変えたエピソード「信長鬼大火」が展開することになります。信長鬼とはいうまでもなくあの織田信長が鬼と化した最強最悪の敵――本能寺の変の最中、己を想うあまりに鬼と化した森蘭丸を眼前で失い、その無念から、自らも炎を操る鬼と化した怪物であります。

 以来、己を滅ぼした明智光秀とその一族につきまとったり、己の肉を与えて鬼と化さしめた武将たちを相争わせたりと、やりたい放題。その果てに、心身ともに追い詰めて鬼に変えた光秀の娘・ガラシャに食われて滅んだ、はずだったのですが――残されたその首は、一人のみすぼらしい少女に拾われて、何処かへ持ち去られる姿が描かれました。
 そこまでの暴れっぷりがあまりに印象的だったため、ずいぶん長く登場していたような印象がありますが、最後の登場は第6巻。それが実に久々に復活したことになります。

 上に述べたとおり、関ヶ原の戦の目前に、名もない浮浪の少女に拾われ、いずこかへ消えた信長の首。既に力を失い、滅びかけていたその首は、しかし少女に非道極まりない暴力を振るっていた男たちを喰らい、辛うじてこの世にとどまることになります。
 彼を神様と崇める少女に運ばれ、蘭丸の姿を求めて本能寺跡地に向かった信長ですが、既に蘭丸は成仏した後。哀しみと怒りに狂う信長は、天下を取った家康のお膝下を焼き払うべく、少女と江戸に向かって……

 と、ほとんど八つ当たり状態で、相変わらずはた迷惑極まりない信長の暴走が再び始まる――と思いきや、物語は全く思わぬ方向に展開。ある意味皮肉としかいいようのない結末を迎えるのですが――そこにさらなるサプライズが叩きつけられることになります。
 お前か、お前だったのか!(確かにビジュアル的に……)という展開には、ただ脱帽。本作独自の世界を展開しつつも、過去の(未来の?)物語への目配せも忘れないのは、実に嬉しいところであります。


 にしても、これまで実に多くの時代を渡り歩いてきた少年ですが――次の記事では、その全容を見てみたいと思います。


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