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2020.10.08

『啄木鳥探偵處』 第十首「幾山河」

 環が死に、憔悴しきった啄木。環と自分をモデルにした小説を執筆した啄木だが、夏目漱石のもとに持ち込んだ原稿は評価されず、自棄になって遊蕩に耽るのだったあ。小説も書けず環の仇も討てず、自殺も京助に止められた啄木は、牧水の言葉をきっかけに、故郷の盛岡に帰るが……

 前回の事件の結末を受けて展開する今回は、事件性のない物語――ではありますが、啄木と京助の関係性を描く上で、非常に重要な内容となっています。

 前回、想いを寄せた環が、人身売買の悪事を働いていた夫・園部の殺害に失敗し、自分の目の前で返り討ちになってしまった啄木。運命の女を失い、さらには病状の進んだ彼は、ゾッとするほどに憔悴しきった姿で、京助らの前に現れることになります。
 しかもこれまでの溜まりに溜まった借金を返済(といっても一割)していくなど、どう考えてもヤバい行動を取るのですが――日頃の行動が行動なので、吉井勇たちにはまっっったく心配されないのは、残念ながら当然ではあって、むしろ可笑しさすら感じます。

 それでも人のいい朔太郎は、啄木が変わろうとしている姿と、それを支え続ける京助の姿に素直に感銘を受けるのですが――その直後に啄木が花街で散財しまくっているのを目撃した(しかも財源は京助から取材に行くと言って借りた金)勇と朔太郎はさすがに呆れ状態。
 いや、その直前、朔太郎の思わぬ友情宣言に頬を赤らめていた勇は、京助の友情を馬鹿にする啄木の発言に激怒、ついに鉄拳制裁を喰らわせ、視聴者の喝采を浴びるのですが……

 しかし実はこれには裏(?)があります。その直前、ついに書き上げた小説を夏目漱石のもとに持ち込んだ啄木ですが、しかし漱石はその小説を「なかなかリアリティがある」「今度短歌を聴かせてくれ」と遠回しに(さすがに啄木の衰弱っぷりを慮って)批判していたのであります。
 この辺り、出番は少ないながら発言の一つ一つにえらく説得力のある漱石の演技(私が単にミキシンファンなだけか)もいいのですが――一見、漱石に評価されたと啄木が浮かれているように思わせておいて、勇に殴られた後に自嘲しながら原稿に火をつける姿を見せることで、全て承知で自棄になっての乱痴気騒ぎであったことを見せる演出は、実によかったと思います。

 環によって示された、小説によって社会を変えるという道を行くこともできず、かといって彼女の仇であり、正当防衛で無罪放免となった園部を殺すこともできず、果てに啄木がやろうとしたのは剃刀を使っての自殺――と言いたいところですが、剃刀で腹に傷を付けるだけでは、切腹にもならず、しかも京助にそれを目撃される羽目に。
 嫌がらせ的に京助が大事にしていた鉢植えを窓から落として割ったり(ついでに加世にぶつけそうになって殺人未遂)と、表面的に見れば色々な意味で最低過ぎる言動の数々なのですが――しかしこの啄木の、八方塞がりになり、自暴自棄になって、自分に手を差し伸べる人まで傷つける姿には、程度の差こそあれ、誰もが経験あるのではないでしょうか。

 これまで散々天才ぶりを鼻にかけて周囲(というか京助)を振り回し、ヒューマンダストっぷりを見せつけてきた啄木が、ここにきて我々にとって共感できる姿を見せてくれたのは、これはもちろん作り手の計算の上ではあると思いますが、やはりグッとくるものがあります。
 そしてそんな彼を理解し、どこまでつきあおうという京助の無償の想いに応え、友情を取り戻した啄木。この二人の物語はどこに向かうのか――残すところ、あと2話であります。


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