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2020.10.28

永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第22巻 変わらぬ江戸の空気、新しい旅の空気

 約半年ぶりに登場の『猫絵十兵衛 御伽草紙』、早いもので巻を重ねてもう第22巻であります。我々の世界は相変わらず大変な毎日が続きますが、十兵衛とニタの方は変わらぬ楽しい江戸暮らしを――と思いきや、この巻からいささか変わった趣向が展開することになります。

 幼い頃から人ならざるもの(特に猫の)と交流し、長じてからは元猫仙人のニタを相棒に、不思議な力を持つ鼠除けの猫絵を描く絵師・十兵衛。この十兵衛とニタのコンビを狂言回しに描かれる、人と猫と妖の時に可笑しく、時に切なく、時々恐ろしい物語は、もちろんこの巻でも健在であります。

 花見の余興で座興をすることになった音痴の男が、奮闘の末に思いもよらぬ芸を見せる「やんちゃん猫と花見」
 藤見の帰りに奇怪な化物に攫われた十兵衛が、化物の行動の理由を知る「藤見猫」
 子猫を拾った葛籠屋の子が、厳格な父の下で猫の引取先を探す「つづら猫」
 十兵衛の弟弟子で遊び人の十善が、仕方なく帰った実家で妹から思わぬ反発を受ける「あにさま猫」
 友人の新盆に棚経をという依頼を引き受けた奎安和尚が、向かった先で奇妙なお布施を受ける「お布施猫」
 初風が作者の芝居の道具を手掛けることになった人形職人が、情念の籠もった化け猫を作るために奮闘する「牡丹猫」
 佐渡で息子夫婦に邪険にされる老女の前に現れた猫が思わぬ世界に彼女を誘う「さそい猫」
 旅の途中、新潟湊で狸の遊郭から足抜けした女郎を匿った十兵衛とニタが、団三郎狸と対決する「湊猫」

 今回は妖話が中心だった前巻に比べると人情話が多めの印象ですが、もちろんいずれのエピソードも、バラエティに富んだ、珠玉と評したくなるような名品揃いであります。

 特に、落語のような騒動の末に、何とも微笑ましくも美しい光景が展開する「やんちゃん猫と花見」、懸命な息子に対する不器用な父親の姿が微笑ましい「つづら猫」の二編は、それぞれ異なる形ながら子猫の可愛らしさがたまらないエピソード。
 一方、「お布施猫」は、妖話と人情話が美しく結びつくお盆を舞台とした綺譚で、人と猫と妖の狭間を飄々と生きる奎安和尚を主人公としたエピソードならではの、人と猫の絆が胸に残ります。


 このように、基本的な設定は変わらなくとも、常に内容豊かな物語を描いてきた本作ですが、しかしこの巻の終盤から、物語はこれまでといささか異なる展開を見せることになります。それは旅――十兵衛とニタが、新潟から佐渡に向かう旅に出るのです。

 この巻の段階では、ある意味序章的な内容である「さそい猫」を経て、十兵衛とニタが日本三大狸の一であり、佐渡で絶大な力を持つ団三郎狸と対峙する「湊猫」までが収録されていますが、どちらもこの土地に伝わる伝承・伝説をベースとしているのが実に面白いところであります。
 ともに大妖怪というべきニタと団三郎が旧知の間柄――当然(?)仲は悪い――というのも愉快ですが、前者のエピソードなど、そういえば由縁に猫が絡んでいた! と感心させられました。

 そんなご当地ならではのエピソードとしての面白さはもちろんですが、しかし江戸を離れても十兵衛とニタの存在感、そして物語の手触りは、良い意味で全く変わらないのは当然のことであります。
 さらに言えば、各地を渡り歩いてきたであろうニタはもちろんのこと、十兵衛の飄々とした、ある意味(人の)浮世離れした存在感が――そしてある意味本作という物語のあり方が――「旅」の空気に実に良く似合うというのも、新しい発見でありました。

 この旅がいつまで続くかはわかりませんし、もちろん一人と一匹は江戸に帰ってくるのだとは思いますが――変わらぬ、しかし新しく気持ちの良い空気を、この先もしっかりと味あわせてくれるものと、楽しみにしているところです。

『猫絵十兵衛 御伽草紙』第22巻(永尾まる 少年画報社ねこぱんちコミックス) Amazon

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