山本巧次『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう 妖刀は怪盗を招く』 鼠小僧は村正を盗むか?
『大江戸科学捜査 八丁堀のおゆう』シリーズの最新作、第7弾であります。長屋に投げ込まれた小判と大名家からの村正盗難、それはあの鼠小僧の仕業なのか!? 今回も「千住の先生」が参戦、幾重にも入り組んだ事件の謎に、おゆうたちが挑むことになります。
ある日、貧乏長屋にどうやら盗品らしい小判が投げ込まれるという事件が発生。おゆうこと関口優佳は、その内容から、現代まで伝わる、かの鼠小僧の仕業かと色めき立つのですが――しかし調べてみれば史実に比べて一年早い出現に当惑するのでした。
同じ頃、南町奉行所の内与力・戸山から、伝三郎とおゆうたちは、旗本の用人から内々に持ち込まれた千子村正盗難事件を捜査を依頼されるのですが――そこに優佳の現代での友人であり、科学分析分析のエキスパート・宇田川も首を突っ込んできて、「千手の先生」として捜査に加わることになります。
かくて「鼠小僧」と村正の行方を同時に追うことになったおゆうたちですが、さらに件の長屋に住む浪人が、何者かに殺されるという事件までもが発生。事件が複雑化する中、優佳と宇田川は現代のテクノロジーの力で「鼠小僧」を捕らえるのですが、それは新たな事件の始まりに過ぎなかったのであります。
というわけで、鼠小僧と村正という、キャッチーな二つのキーワードを軸に展開していく本作。ここしばらく、史実とのリンクが陰に日に描かれてきた本シリーズですが、今回は史実とのずれが――本来であれば翌年に出現するはずの鼠小僧が、何故一年早く犯行を行ったのかという謎が、物語を引っ張っていくことになります。
なるほど、その歴史をリアルタイムで生きている人間にとっては、何が「正しい」歴史なのかわかるはずもありませんが、おゆうは現代と江戸の二重生活を送る人間。彼女にとってはそのずれが問題になる――というのは、本作ならではの要素であることは間違いありません。
そしてまた、シリーズ冒頭からおゆうの科学捜査を助け(というか一手に引き受け)前々作からはついに自分も江戸時代に参戦するようになった宇田川が、今回も江戸にやってくるのがまた楽しい。
もちろん、おゆうには扱えないような現代のアイテムを持ち込んでの大胆な捜査も面白いのですが、おゆうと伝三郎の間に微妙に割り込む感じとなっているのに、またニヤニヤとさせられてしまうのであります。
しかし、いかに宇田川が科学捜査でデータを集めようとも、それを活かし、事件の謎を解き明かすのはおゆうの役目(この辺り、宇田川はマニア気質で自分の興味のあることしかやらない、という設定がうまい)。今回は思わぬピンチにあったりと災難もありますが、きっちりと最後は彼女が決めてくれます。
そしてもちろん、ストーリーの方もかなり充実しているところで、特に後半の畳み掛けるような展開の連続はなかなかに読み応えがあります。
何しろ、物語は「鼠小僧」が捕らえられてからが本番。犯人を捕らえて謎が解けるどころかより深まっていく謎の数々に、何段構えもの犯人の存在と、ミステリの部分で本作はシリーズでもかなり上位にあるのではないかと感じます。
が――しかし、本作にはちょっと、いや大いにもったいない部分が存在します。それは、上で述べた物語のキーとなる、義賊としての鼠小僧の振る舞いは、現在ではほとんど虚構のものとして否定されていることであります。
もちろんそのことをおゆうが知らなかった、という解釈もできますが、作中でおゆうが村正の妖刀伝説を否定していることに比べると、いささかバランスが悪く感じられるのは否めません。(おゆうの情報源であるネットから、鼠小僧も村正も、どちらの「定説」も拾えるのですから……)
もちろん鼠小僧義賊説を否定してしまうと本作の根っこの部分が成り立たなくなってしまうのですが、そこは避けようがあったのではないかなあ――と、いささか歯がゆく感じられたところであります。
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