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2020.10.02

重野なおき『信長の忍び』第17巻 大海戦とと裏切りと――恋と?

 長きに渡った信長と本願寺の合戦もいよいよクライマックス――この第17巻では、捲土重来を期する九鬼水軍と、本願寺と結ぶ村上水軍の決戦が繰り広げられることになります。しかしその一方で、信長に思わぬ窮地が……

 前巻の終盤、何と御館の乱において、直江兼続の依頼を受けて上杉景勝方に加勢することとなった千鳥と助蔵。無事に帰還した二人ですが、今度は帰って早々に志摩の九鬼嘉隆のもとに向かうことになります。そこで建造されていたのは、織田軍の、九鬼水軍の秘密兵器である鉄甲船――全面を鉄板で覆った海の城塞であります。
 この鉄甲船、実際にはかなり謎が多く、そもそも本当に鉄板を張った船であったのか、という点も議論があるようですが――本作における鉄甲船は、ある意味極めてシンプルに巷説通りの存在として描かれることになります。(ここで鉄甲船の装甲を確認しようとした二人の行動が非常に可笑しい)

 海(水)は天敵のはずの千鳥すら思わず乗りたくなってしまうほどのこの大船、途中の淡輪沖では雑賀衆の水軍と衝突するもこれを鎧袖一触! いよいよ本願寺へと向かうのですが――ここで信長の周囲では大事件が発生することになります。
 それは荒木村重の謀叛――信長の下で活躍してきた重臣が、本願寺と結び、突如牙を剥いたのであります。


 ……と、謀叛、裏切りという点では信長の周囲に色々とインパクトのある人間がいたせいか、今ひとつ謀叛と言っても「そうですか」という印象の村重。しかし彼の領地が、古代から交通の要衝であった摂津国であったという一事を以てしても、彼の織田家における位置付けがわかろうというものでしょう。
 といっても、何かとっかかりになるものがあればグイグイそれで押していく本作らしく、ここでの村重は、茶器が大好きすぎるおじさんという印象が強いのですが……
(謀叛の理由に茶器がとんでもない形で出てくるのには爆笑)

 しかし、村重の謀叛を笑ってすませるわけにはいかないのは間違いのない話。今まさに正念場の本願寺戦、そして一度は信長自らが出馬することを考えたほどの毛利との決戦と、畿内・中国地方で重要な戦いが続く中、摂津を抑える村重が背けばどうなるか――一気に情勢が変わりかねません。
 本作はそんな状況を、本願寺側の思惑も絡めつつ(そして笑いもどんどん交えつつ)、描いていくのですが――一人、光秀にとっては、他人以上に恐るべき事態と言えます。

 というのも、彼の娘の一人は、村重の息子に嫁いだ身。そこで村重が背けばどうなるか――というわけで、秀吉ともども村重の糾問使となった光秀ですが、ここでの村重と彼らの会話は、大いに印象的なものとなっています。
 そもそも、今でも諸説ある村重の謀叛の理由。本作においては、それは本願寺の調略をきっかけとしつつ、ただそれだけが理由ではない、複合的なものとして描いているのですが――それを語る村重の言葉、ここに至って彼が悟った裏切り論は、ある意味常人であった、常人過ぎた彼が語るからこそ、大いに興味深く感じられるのです。

 そしてそれを光秀に対して語るのも(些かいじりすぎの気もしますが)また面白いのですが――しかしそこで千鳥の上から目線のダメ出しが入るのは、正直なところ興醒めではあります。
 元々、信長に敵対する武将、特に大局観のない相手には、非常に手厳しいキャラクター、いや作品ではありますが、しかしここで村重の言葉に当てはまらない人間がどれだけいるか……


 何はともあれ、村重の謀叛は一旦棚上げして、ついに到着した九鬼水軍の鉄甲船と毛利方の村上水軍の間で始まる決戦――いわゆる第二次木津川口の戦い。
 九鬼嘉隆と村上武吉――ともに水軍、いわば海賊であり、やり方は違いながらも、己の誇りを抱きつつ、今という時代を生き延びていこうとする者同士の激突は、単に織田と本願寺の戦を超えたものを感じさせます。

 そしてその中で、千鳥も普段の苦手を乗り越えて奮戦するのですが――そこから思わぬ形で、ドラマが展開することになります。
 それはここでは伏せますが、ある意味本作を初めから読んできた人間ほど意外で(ひどい)、そして嬉しいものであることは間違いありません。実はこの巻の冒頭でも描かれたそれが、巻末においてリフレインされるという構成も、心憎いところです。

 しかしこうなると、逆に何かのフラグではないか心配になったりもするのですが――というより条件の時点で――折しも、千鳥自身の戦いになるのではないかと予感させるあの戦の名前も語られ、微笑ましさと不穏さが入り混じったまま、次巻に続きます。


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