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2020.10.05

吾峠呼世晴『鬼滅の刃』第22巻 伊黒の想い そして終わりなき地獄絵図

 累計発行部数1億部という、ちょっと目を疑うような数を達成、劇場版も公開目前と、原作が完結しても今なお勢いに乗る『鬼滅の刃』も、残すところ本書を入れてあと2巻。前巻から始まった鬼舞辻無惨との決戦は、いつ果てるとも知れぬまま続き、地獄絵図を現出させることとなります。

 無限城の決戦の末に、幾多の犠牲を払いながらも上弦の鬼を全て倒した鬼殺隊。しかし、決戦開始前に大打撃を受け回復の時を待っていた無惨がついに復活――長い白髪、体中に幾多の口と触手を持った異形の姿で、鬼殺隊の前に出現するのでした。
 その無惨と先陣を切って対峙した炭治郎と義勇ですが、無惨の次元の違う力の前に炭治郎は片目を奪われ、さらにそこから入った毒血により、見るも無残な姿で地に伏す結果に。

 かくて、主人公が真っ先に倒れた中で、舞台を無限城から外界に移して始まった最終決戦。無惨の天敵である太陽が昇るまであと一時間半という短いようで長い時間に、集結した残った柱たち――岩・水・風・蛇・恋は無惨に挑むのですが……


 だが、無惨は強い。実に強い。長く伸びる腕と触手の無限に続く連続攻撃の中で、最強の柱たちが圧倒され、最初に容赦なく(本当に容赦なく)深手を負わされて倒れたのは恋柱・甘露寺蜜璃。そしてその恋柱を平隊士たちに託して再び死闘に向かうのは蛇柱・伊黒小芭内――その彼の秘められた過去が、そして包帯の下の素顔が、ここで描かれることになります。

 これまで唯一、過去の物語が描かれていなかった伊黒。言い替えればそれは、これまで彼に主役として活躍の場がなかったということでもあります。さらに初登場以来、ネチネチと絡むような物言いばかりが(そして蜜璃への執着が)目立って、正直なところあまり印象は良くなかった伊黒ですが――ここで語られる彼の過去の壮絶さは、それらを吹き飛ばして余りあるものがあります。

 鬼殺隊の、特に柱のほとんどがそうであるように、鬼によって悲惨な過去を背負わされてきた伊黒。しかし彼のそれは、鬼によるものだけでないだけに――そして彼自身にも罪の意識があることにより――より一層痛切に響くものがあります。
 一読、許す! 許すからぜひとも恋柱と添い遂げてくれ! と一転彼を応援したくなってしまうこの展開。これはもう、本作で作者が幾度となく描いてきた、わずかの描写でその人物への評価を一転させる筆の冴えが、この終盤においてもなお、存分に発揮されたというほかありません。


 しかしその小黒を加えてなおも続く戦いは一進一退、いや退かないようにするのが精一杯の――あの鉄面皮の義勇が表情を露わにするほどの厳しい状況。
 そんな中で、思わぬ(本当に全く思わぬ!)助っ人の登場により柱たちも力を取り戻し、さらに炭治郎の同期組の参戦、柱たちの赫刀覚醒と畳み掛けるように続いって一気に逆転、これは確かにもしかしていけるんじゃないのか? ――と思ったところに、たった1ページで地獄に叩き落とされるのが、本作の本作たる所以であります。

 連載時に読んだ時には、そして今回単行本で読み返してみても本当に目を疑ったこの惨状。一瞬にして本当に取り返しのつかない状況に陥ったこの展開には、失礼ながら「鬼」という言葉が浮かんだというのが正直なところです。(考えてみれば、『過狩り狩り』といい本作のパイロット版といい、ある意味原点に返ったのかもしれませんが……)

 これ以上読むのが辛い――と真剣に思ったところに、満を持して主人公が復帰するというのは、これは考えてみれば定番中の定番なのですが、しかしその姿は、無惨の言葉に一瞬頷きかけてしまったほどの壮絶なもの。
 それでも、それでも炭治郎は戦い続けます。これまでがそうであったように、傷つきながらも、自分を鼓舞しながら。そしてその果てに彼は、ついに長らく失われてきた真実を掴むこととなります。

 時同じくして、無惨の身に現れた異変(少なくとも髪はもっと早く気付こうよ……)。そして過去からの助け、再び立ち上がったあの男の参戦、決戦の場に急ぐ禰豆子の変貌、最後の最後に仕掛けられた罠……
 どこまでも壮絶で、一瞬たりとも油断できない戦いが続く中、物語は着実に、決着の時に向かって進み続けます。果たしてそこに待つものは――いよいよ次巻完結であります。


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