霜月りつ『神様の用心棒 うさぎは玄夜に跳ねる』 兎月が挑む想い、支える想い
神様の用心棒が帰ってきました。時は明治初頭、箱館戦争で一度は命を落とし、神使として甦った青年武士・兎月が、函館の人々を守るために奮闘する姿を描く第二弾であります。冬が近づく中、函館山から降りてくる悪しき魂・怪ノモノとの戦いを続ける兎月ですが、しかし敵はいよいよ強力に……
箱館戦争から十年、函館山中腹の宇佐伎神社で目覚めた兎月こと海藤一条之介。彼は戦いの最中にウサギを庇って致命傷を負い、命を落としたはずが、神社の祭神であるツクヨミによって、甦ったのであります。
現世の穢を祓うまでの修行として、勧請されたばかりでまだ力の弱いツクヨミが住まう神社の用心棒をすることとなった兎月。山から降りてくる怪ノモノ――死んだ人々の魂が恨みや憎しみで変化した存在――を斬る力を持つ名刀・是光を手に戦う彼は、やがて町の人々と打ち解け、絆を作っていくことに……
という設定の本シリーズですが、本作の舞台となるのは冬。当然のことながら厳しい北海道の冬は、神とその用心棒にも容赦なく影響し、冬の間は神社を閉めて、町に降りることを余儀なくされます。
しかしその間も山から降りてくる怪ノモノ。神社のウサギたちの警戒網をくぐり抜け、町に降りてきた怪ノモノは、人々に取り憑いて、様々な形で災いを振りまくことになります。兎月はツクヨミや、異国の巫の力を持つ青年パーシバル、町に祀られた稲荷神社の化身・豊川らの力を借りて立ち向かうのですが、しかし幾度なく苦戦を強いられることになるのです。
ユニークな設定を持ちつつも、人情ものの要素が比較的強かった前作。それに対して本作は、もちろん人情ものとしての側面も残しつつも、怪ノモノとの対決がより前面に押し出され――それとともに、物語の方も、よりヘビーな展開を見せることになります。
祝言を控えながらも、病で余命幾ばくもない母を持つ少女のもとに現れた怪ノモノによって、無惨な事件が引き起こされる第一話。
パーシバル邸のクリスマスパーティーの晩、封印から解かれた異国の魔が思わぬ存在と結びついた時、連続猟奇殺人の幕が開く第二話。
新しい時代のために戦いながら、廃刀令によって刀を奪われた元士族に取り憑いた怪ノモノが、函館を炎に包むべく暗躍する第三話。
いずれのエピソードも、こういったレーベルの作品にしては珍しいほど(という表現は失礼ではあるのですが)血が流れるのですが――それ以上に重く感じられるのは、事件を引き起こし、あるいは大事にしていくのが、あくまでも人の情であり、想いである点であります。
そう、怪ノモノの存在はあくまでもきっかけであり、是光で以てこれを斬っただけでは、その場限りの解決にしかなりません。本当に兎月が対峙すべきは、その先にある人の心なのです。
だからこそ本作で描かれる事件は、時にどこまでもやるせなく、恐ろしく、苦いものを残すのであります。
と書くと、本作が想いばかりの辛い物語と誤解されるかもしれませんが――もちろん本作は、そこで終わるようなものでは決してありません。何故ならば、人の想いは、決して昏いものだけではないから――そして、兎月は決して一人で生きているわけではないのですから。
たとえ刀を取って戦うわけではなくとも、兎月の戦いの姿を知るわけではなくとも、兎月を取り巻く人々の存在は、彼を支え、そして戦う力を――この世の哀しさ辛さに挑む力を与えてくれるのです。
だからこそ、本作に収められた物語には、最後には明るい笑顔が、そして未来への希望が必ず描かれています(第二話は、まあ、その後の幕間込みということで)。
そして我々もまた――兎月を見守っているあの人もたぶん――安心して、兎月の活躍に声援を送ることができるのです。
『神様の用心棒 うさぎは玄夜に跳ねる』(霜月りつ マイナビ出版ファン文庫) Amazon
関連記事
霜月りつ『神様の用心棒 うさぎは闇を駆け抜ける』 甦った町を守る甦った男
![]() |
Tweet |
|
| 固定リンク