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2020.11.21

川原正敏『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第17巻 逆襲開始!? 韓信の攻と張良の防

 文字通り歴史に残る大敗北を喫した末、命だけはとりとめたものの、その威信は地に落ちてしまった劉邦。そんな絶望的な状況の中、張良と韓信による大逆襲が始まる『龍帥の翼』第17巻であります。

 彭城を奪取したものの、怒りに燃えて戻ってきた項羽の前に、五十六万vs三万という戦力差にもかかわらず大敗北を喫した劉邦。
 自分の子供を馬車から蹴り落としながら逃げるというヒューマンダストっぷりを発揮しつつも何とか命永らえた劉邦ですが、しかし恥ずかしすぎる負けっぷりに人心は離れまくり、ここで項羽に追撃されたら今度こそオシマイ、という状態であります。

 ここで黥布を寝返らせるという乾坤一擲の策を成功させた張良は、劉邦の復帰第一戦をプロデュースすることになります。単なる勝利ではなく、完勝が義務付けられた戦い――三人の敵将に対し、負けることはもちろん、逃がすことも許されない韓信の戦いや如何に!?


 というわけで冒頭から韓信の国士無双ぶりが遺憾なく発揮され、久々の快勝の感もある劉邦軍ですが、もちろんこれはマイナスからゼロに向けての一歩目にしかすぎません。ここから力を取り戻し、楚と並び、楚に勝たなければならないのですが――こうして書いているだけで、ほとんど無理な気がしてくるのですから、当事者たちのプレッシャーたるや、いかほどのものか。
 それでも戦おうとするのですから、やはり劉邦は愚の龍に違いない――と変なところで感心させられます。

 それはさておき、この無謀な挑戦のために、さらに無茶な策を立てる張良。劉邦の主力がケイ陽城に一年間籠城する間に、韓信が河北の魏・趙・代・燕・斉を全て平らげる――いやはや、これを策と言ってよいのかもうわかりませんが、それをあえて肯うのが国士無双たるゆえんかもしれません。
 緒戦の魏を奇策を以て下した韓信の快進撃は、ここから始まることになります。

 一方、ケイ陽は城と敖倉(外部の食料庫)を繋ぎ、韓信が戻るまでの籠城体制を整えたものの、ここに迫るのは項羽その人。徹底して守りを固めた要塞と化したとはいえ、ケイ陽が果たして項羽の猛攻を阻むことができるかどうか――いきなりクライマックスであります。
 初戦は張良の策で大勝したものの、当の張良自身が、防御に穴があると認識しているこの戦い、果たして最後まで能く堪えることができるのか――この戦いの結末を知っていても(いやそれだからこそ)この先が気になるというものです。


 というわけで韓信の攻と張良の防が並行して描かれる、ある意味バランスの良い内容となった今回。
 もっともこの二人、あまりにも能力が高すぎて、物語としては盛り上がりに欠けるというか、パターン的に見えてしまう(特に張良の策の穴を突かれたかに見せて、実はそれこそが本当の策であったという展開)のが、ちょっと困りものという気がしないでもありません。

 しかし、ここで面白い役割を果たすのが陳平であります。本作においてはお調子者の面白髭ダンディという印象もある陳平ですが、もちろんその才は張良に勝るとも劣らない本物。その陳平が、張良の奇想天外な策に現実的な指摘を加えることで、その策の何たるかが吟味され、解説される――というのは、なかなかに巧みな構造と感心いたします。
(ここで張良と陳平、二人の才の性質の違いが浮き彫りになるのもまた巧い)

 というより、基本的に本作はこれまでツッコミ役がいなかったのだな、と今頃になって気づいたのですが……

 何はともあれ、まだまだ劉邦軍の攻と防はまだ始まったばかり。いよいよ次巻では韓信の史上に残るあの戦いも描かれるとのことで、大いに楽しみなのです。


『龍帥の翼 史記・留侯世家異伝』第17巻(川原正敏 講談社月刊少年マガジンコミックス) Amazon

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