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2020.11.06

芦藻彬『バベルの設計士』上巻 偉大なる塔を巡る人々の屈託

 旧約聖書に登場するバベルの塔と、法典にその名を残すバビロンのハンムラビ王――2つの伝説を、王に仕えた設計士の視点から描く極めてユニークな歴史漫画であります。太陽に届く塔の建築を目指す王の命により、思わぬ冒険を繰り広げることとなった設計士の運命は……

 紀元前1754年、メソポタミアの地を統一したハンムラビ王のバビロン。しかし各地で異なる言語が使われていることに不満を抱く王は、世界の言語を統一し、バビロンを永遠のものとするため、「輝く太陽に届く塔」の建造を求めるのでした。
 その力を持つ設計士として、あのノアの末裔であるという男・ニムロデを10日以内に連れてくるよう命じられたバビロンの設計士・ガガ。自分以外の設計士を招くという命に不満を抱きつつも、ディルムンの町を訪ねた彼が出会ったニムロデは、設計以外のことには一切興味を持たない奇矯な人物だったのです。

 何とかニムロデと、彼に仕える少女・ルーを連れて帰還したガガですが、しかしバビロンは、ハムブラビ王の不在時を狙った隣国キシュのエシュタルムティ王の巨大戦車群に攻められている真っ最中。戦闘に巻き込まれ、己の命を守るのもやっとの状況の中で、ガガとニムロデの運命は……


 冒頭で触れたとおり、旧約聖書に登場する伝説上の存在であるバベルの塔。天に届く塔を作ろうとしたものの、神の怒りに触れて崩れ去った、あるいは神が人々の言葉を乱したことにより作業が途絶したと言われ、実現不可能な砂上の楼閣のような例えにも使われる存在であります。
 そして旧約聖書においてこのバベルの塔を作らんとしたのはニムロデ王ですが、一説にはこのニムロデはハンムラビ王にも比される人物。そしてバベルの塔のモデルと目されるのは、ハンムラビ王が治めたバビロンの地に建てられた巨大なジッグラト(聖塔)……

 というわけで、本作はこのバベルの塔伝説を、ハンムラビ王のバビロンを舞台に描くというユニークな試みの物語であります。
 しかし神話伝説上の存在といっても、本作のアプローチはあくまでも地に足のついたもの。登場するのは神ではなく人間であり――塔の建設を巡る人間たちの相克が、物語の中心として描かれることとなります。

 本作の主人公となるのは、バベルの塔を建てた人物の名を持つニムロデ――ではなく、バビロンの設計士・ガガ。バビロン一の設計士を自負する青年である彼は、実は軍人の家系の出身であり、父は将軍、兄たちも軍人として活躍しているのですが――彼自身は全く武の才能がなく、やむなく設計士に進んだという過去を持ちます。

 いまだに父や周囲に認められず、強いコンプレックスを背負ったガガにとって、自分以外の人間に仕事を任せるためのいわば使者という役目は屈辱以外の何ものでもありません。
 しかし何しろ舞台はハンムラビ法典の時代、ミスは死に直結しかねない社会にあっては、王命を果たす以外の選択肢はなく――という彼の屈託が、ほぼ全編に渡って描かれていくことになります。

 そしてそんな彼とはあらゆる意味で対象的なのがニムロデの存在であります。
 奴隷のルー以外とはほとんど意思疎通せず、彼女が運んでくるハチミツを口に運びながらひたすらに自分の仕事に打ち込むのみという、ある意味職人の極みというべきニムロデ。そんな彼は、周囲の社会にがんじがらめとなったガガとは大きく異なる、全くの自由人なのです。

 この上巻の時点では、ガガとニムロデは、バビロンに向かって旅路を共にするものの、まだ相互理解どころか意志の疎通も怪しい状況なのですが――おそらくは二人の関係性が、この先の物語を動かしていくのでしょう。


 といっても、二人はまだバベルの塔の建造どころか、バビロンにもたどり着けていない状態。それどころかバビロン陥落の危機すら迫る中、果たしてあと一巻でどのように物語が描かれるのか――12月刊行の下巻が大いに気になります。

 正直なところ、随所の演出は面白いものの、絵的には荒削りな印象は否めません。またガガだけでなく悪役的立ち位置の神官長や、物語の随所に描かれる奴隷たちに至るまで、登場人物のほとんどが屈託を抱える状況は、読んでいてかなり重く感じられるのですが――それでもなお、稀有の題材を扱った唯一無二の物語として、この先を期待したいところであります。


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