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2020.11.11

金子ユミ『千手學園少年探偵團 浅草乙女歌劇』 外の世界、「大人の世界」に挑む「探偵」

 時は大正、エスタブリッシュメントの子弟たちが集まる私立千手學園を舞台としたユニークな青春ミステリの、快調第三弾であります。今回、檜垣永人と仲間たちが挑むのは、學園の外にまで舞台を広げる怪事件の数々。今までとは少々勝手が異なる事件に対して、永人たちの活躍やいかに?

 腹違いの兄が失踪したことをきっかけに、母から引き離されて千手學園に入れられた檜垣永人。破天荒な言動で學園に波乱を起こしながらも、持ち前の好奇心と洞察力で数々の事件を解決した永人は、(本人は不本意ながらも)友人たちとともに、少年探偵団として様々な怪事件に挑むことに……

 そんな基本設定を踏まえて、本作では、三つの事件が描かれることになります。
 人気探偵小説の怪盗「夜光仮面」の名を騙る窃盗団に対し、真・夜行仮面を名乗る者が千手學園に宝を隠したと挑戦状を叩きつける第一話「夜光仮面現る!」
 浅草で頻発する少女の行方不明事件。そこに評判の少女歌劇「乙女座」が絡んでいるとの噂に、永人と(少女に戻った)乃絵が挑む第二話「浅草乙女歌劇」
 突然千手學園に転入し勢力を増していく海軍大臣の息子・安齋と、生徒会長・東堂との対峙に學園の奇怪な噂が絡む第三話「”秘密”ノ『サトル』」

 怪人の跳梁あり、淡い恋模様あり、学園もの定番の(?)権力争いありと、今回もバラエティ豊かなシチュエーションと謎が描かれますが、特に目を引くのは、冒頭二話が、學園の外を主たる舞台とすることでしょう。
 シリーズタイトルに示されているように、これまで永人たちの探偵活動は、基本的に千手學園内部に限定されてきました。しかし本作の二つの事件は、そこから離れて物語が展開していくことになります。

 第一話は、真・夜光仮面が秋山子爵の宝を千手學園に隠した――そして偽夜光仮面がそれを狙っている――ことが発端となる物語ですが、主な舞台は秋山子爵邸で展開。そして第二話は永人のホームタウンであった浅草で、少女たちのエンパワメントの場である少女歌劇団を舞台に邪悪な欲望が引き起こした事件に挑み――と、永人は學園から、一時的にとはいえ外の世界に踏み出し、そこで起きる事件と対峙するのです。

 もちろん、一時的に學園の外に出たとしても、永人は千手學園に帰っていくことになります。その意味では、ここに目新しさ以上の違いはないように見えるかもしれません。
 むしろここでこれまでと異なる点を挙げるとすれば、この二話においては彼が出会う外の世界の大人たちの存在が、大きなウェイトを占める――というより、大人たちが物語を引っ張っていくと言うべきかもしれません。

 実のところ、この二話においては永人はかなりの部分で傍観者的な役割に近く、時に利用される立場ですらあります。
 そう、ここで描かれる事件、そして物語は、千手學園という基本的に「子供の世界」ではなく、「大人の世界」に属するものであり――それだけに、永人が物語に占める立ち位置は、これまでと異なることになるのです。

 それはそれで理解しつつも、やはり外の世界の大人の理屈に振り回される永人の姿には、歯がゆさを感じるのは事実なのですが――その一方で、そんな状況の中でも、彼が自分自身で謎と向き合い、それを解こうと(理解しようと)する姿には、彼はあくまでも彼であると、そう感じさせられます。
 思えばこれまでも、彼は周囲の思惑に動かされることは少なくありませんでした。そもそも、彼が千手學園に現れたことが、大人の思惑の最たるものといえます。

 それでも彼は、自分が自分であるために、自分の頭で考え、行動することを――自分に取って何が本当に大事なことであるのか、真実を求めることを止めませんでした。
 そして真実を求めるために行動する者を探偵と呼ぶのであれば、彼はこれまでも、もちろん本作においても「探偵」なのであります。


 もちろん、永人の向かう先はまだまだ険しいというほかありません。本作で暗躍した大人たちの目指すのは、彼の思惑を遥かに超えたところに存在するものでしょう(そしてその大人たちの中には、ラストに描かれた「彼」もまた含まれるのでしょう)。
 そしてこの先描かれる大きな物語の中では、あるいは永人は本作以上に翻弄されるかもしれません。

 しかしそれでも永人が「探偵」である限り、彼は、いや彼ら探偵たちは、必ず自分自身の真実にたどり着いてくれると、そして外の世界をさらに踏み出し、あるいは変えてくれると――信じたいと思います。

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