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2020.11.08

永尾まる『猫絵十兵衛 御伽草紙』第13巻 ニタが嘉するもの、ニタが人の世で生きる理由

 先日の第22巻に至るまで、これまで新刊が発売されるたびに内容を紹介してきた『猫絵十兵衛 御伽草紙』。しかしどういうわけか、一冊だけ紹介しそびれていた巻がありました。今頃で本当に恐縮ですがどうにも気になって仕方がなかったその巻――第13巻をここに紹介させていただきます。

 普段のタヌキ猫ぶり(猫的にはこれがハンサムなのですが……)はどこへやら、長髪イケメンの人型バージョンのニタが表紙のこの巻。人型のニタは人気キャラだけにもっと表紙になっていた印象がありますが、実際にはこの巻のみ――そんな意味でも印象に残ります。
 そのニタと猫絵師の十兵衛のコンビを狂言回しとしたこのシリーズは、もちろんこの巻でもクオリティの高い人情話・猫情話が描かれることになります。

 母と兄弟たちを残して奉公に出た少年の、小正月の里帰りの様を描く「小僧猫」
 習い事の山に耐えかねて家を飛び出した少女が迷い込んだ先で一つ目入道に襲われたところに現れた、思わぬ救い主「お針猫」
 水虎に尻尾を奪われた仲間を救うため、ニタ峠の猫又たちが水虎たちと相撲の勝ち抜き勝負を繰り広げる「ニタ峠水虎の陣」
 子猫たちに慕われる老猫と、その飼い主の思い出をつなぐ雛人形の物語「雛会猫」
 日常生活すらままならないぐうたらの飼い主のために猫が奮闘する「だらだら猫 弐」
 運命のいたずらで四十年もの間引き離されてた武士と許嫁の再会の物語「高砂猫」
 辛い奉公に耐えてきた少女と思わぬ形で出会ったニタが彼女を助ける「はまり猫」

 以上全七編、どちらかというと妖要素少なめの人情話が多めの印象ですが、丹念な情景描写・人物描写と、そしてもちろん猫たちの(動きなど実に自然な)可愛らしさによって、大いに読ませるエピソード揃いであることは間違いありません。

 特に、旅の十兵衛とニタが出会った老武士を主人公とする「高砂猫」は、若い頃に結納寸前のところで江戸勤番を命じられ、以来国元に帰れず、許嫁とも引き離され続けた武士が、ようやく帰って許嫁と再会する姿を描く物語。
 江戸に呼ばれることもなく、正式に結婚することなくして国元で武士の両親に実質嫁として仕えて四十年というのは、冷静に考えれば相当無茶苦茶な話なのですが、しかしそこに猫の存在を絡めつつ、純粋に良い話として読ませてくれるのには素直に感心させられます。

 一方、妖もののエピソードとしては、シリーズ全編通しても屈指の賑やかさの「ニタ峠水虎の陣」が印象に残ります。
 ニタが以前猫仙人を務めていた(今はその座を捨てて十兵衛のところにいる)ニタ峠の猫又たちを描くこのエピソードでは、清白、福助、五鉄といった以前登場した面々が総登場。猫又と水虎の相撲という題材が――そしてそこでの十兵衛とニタの絡み方も――面白く、ある意味番外編的な内容でもありますが、必見のエピソードであります。

 そして先に述べた表紙の人型バージョンのニタが登場するのは、巻末の「はまり猫」。以前も登場した苦労人の少女・おゆうを描くエピソードの後編というべき内容ですが、横暴な店の主人に虐待に近い扱いをされながらも、懸命に生きる彼女を助けるという、その姿に相応しい(?)役どころであります。
 ……が、そもそも今回猫の姿のニタが彼女と縁を持った理由というのが、実に可笑しく(それがサブタイトルなのですが)、そのギャップがまたニタらしいというべきでしょう。

 それはさておき、ラストでおゆうの心の純粋さを嘉してニタが語る言葉は、一人おゆうだけでなく、ニタが十兵衛をはじめとする人間たちとの中で生きる理由とも感じられます。
 そんな人間の、いや猫や妖を含めてこの世界に生けるものたちへのポジティブな視線が、本作全体に漂う暖かな空気の源であると――今回読み返してみて、今更ながらに再確認した次第であります。


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