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2020.11.14

今村翔吾『じんかん』 「大悪人」松永久秀の戦う理由は

 戦国の悪人といえば、あの有名な三つの大悪を為した男として、真っ先にその名が上がるであろう松永弾正久秀。その久秀を、人間のあるべき姿を求め続けた男として、全く異なる角度から描いた物語――今週から週刊少年マガジンで『カンギバンカ』のタイトルで漫画版もスタートした作品であります。

 一度信長に叛いて奇跡的に許されながらも、あろうことか再び叛いた松永久秀。その報を、たまたま当番であったために信長に報じることとなった小姓・狩野又九郎は、激怒するかと思われた主君の意外な反応を――怒るどころか、むしろ上機嫌となった姿を目の当たりにすることになります。そのまま又九郎は、信長から久秀の知られざる過去の物語を聞かされることに……
 そんな趣向の本作は、久秀の少年時代から始まり、冒頭の二度目の謀叛まで、彼の生涯を追っていくこととなります。

 戦乱によって親兄弟を失い、追い剥ぎで暮らす子供たちの一員に加わった久秀。しかしなおも流転を重ねた久秀は、三好家に連なる寺に拾われたことをきっかけに、三好元長の知遇を得ることになります。
 武将らしからぬさばけた人柄の元長に惹かれる久秀ですが、しかし元長がそれどころではない大望を抱いていたことを、久秀は知ることになります。

 堺を町衆――すなわち武士ではない民が治める町に変えることを皮切りに、自分を含めた全ての武士たちを消し去り、この国を民が政を執る国に変えようとする元長。この国を武士という修羅ではなく、人間が治める国にするという元長の壮大な夢に強く共鳴した久秀は、堺で元長のために働くことになります。
 やがて元長と対立する細川高国との戦いに参じることとなった久秀。一進一退の戦いの末に高国を捕らえた久秀は、その口から、元長とは正反対ながら、どこか通底する人間観を聞かされ、衝撃を受けることになります。

 その高国の言葉を裏付けるように、思わぬ形で志半ばに斃れた元長。久秀はその遺児たちを支え、三好家を支えて奔走することに……


 と、ここまでで物語のちょうど六割。ここまでを見れば、久秀が大悪人と言われる理由が全くわからない――と、我々は又九郎と同様の印象を抱くことになります。

 実のところ、久秀を三好家に忠実に仕えた悲劇の人として描いた作品は、過去に例がないわけではありません。しかし本作のユニークな、そして見事な点は、久秀を三好家に仕えて戦国を生きた武将としてのみ描くのではなく、上に述べたように、それよりはるかに大きな視点と夢を持った人物として描いたことにあることは言うまでもないでしょう。

 作者が久秀(と信長の関係性)を描いた作品としては、本作に先行するものとして『戦国の教科書』所収の『消滅の流儀』があります。自分がこの世に生きた証を求めて戦う久秀を描くこの作品は、本作のある意味パイロット版的立ち位置にありますが――本作は一種の革命者としての久秀が描かれる点で、さらに先を行った物語というべきでしょうか。
(その意味では、本作はむしろ『童の神』に近いといえるでしょう)

 もっとも、正直に申し上げれば、本作の久秀像は、その能力から言動、そして何よりもその大望に至るまで、あまりに格好良すぎる、ほとんど欠点のない人間とすら感じられます(さらに言えば、彼のルーツともいえる元長の思想は、この時代の人間からすればあまりに飛躍しすぎているのは否めません)。
 そんな久秀の姿は、一歩間違えればこちらの感情移入を拒みかねないものではありますが、しかしそこに彼の後半生に次々と襲いかかる運命的な苦難――そしてそれが、件の三つの大悪に繋がっていくわけですが――を描くことで、否応なしにこちらも物語に引き込まれることになります。

 さらに巧みな点は、そんな久秀の姿と同時に、彼が(元長が)救おうとした民の愚かさ、ままならなさをも描く点でしょう。
 眼の前のことのみに囚われ、変革を拒否する点では、武士も民も同じ。そんな民を前に、何が出来るのか、何をすべきなのか。久秀の目的は、所詮は夢に過ぎないのか――それは(終盤は三好家の命運に焦点が当たり、いささか薄れる感はあるものの)、後半の物語に通底する問いかけとして描かれるのです。


本作のタイトルに冠されている「じんかん」とは、漢字で表せば「人間」――「にんげん」のことではなく、その人間と人間とが織りなす間、すなわちこの世のことを指します。
 その「人間」において、自分が、自分たちがこの世に生まれてきた意味と、その証を残すために――そして人が人らしく生きるために戦った久秀。その姿は、雄々しくも物悲しいからこそ、我々の心に響き、そして同時に我々の心は熱くなるのであります。彼の物語を知った又九郎のように……


『じんかん』(今村翔吾 講談社) Amazon

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