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2020.11.02

芦辺拓『鶴屋南北の殺人』 幻の台本が貫く現代と過去、虚構と現実

 本格デビューから30年という大ベテランでありつつも、今なお奇想に満ちた意欲的な作品を次々と発表し、そして伝奇時代劇にも強く傾倒する芦辺拓。その作者のシリーズ探偵である森江春策が、鶴屋南北の幻の作品の謎と、その発見にまつわる連続殺人に挑む伝奇ミステリの快作であります。

 ――といっても、森江春策は現代の弁護士であり、つまり彼が探偵役を務める本作も現代を舞台としたミステリであります。しかし本作が描いているものは、同時に優れた時代伝奇ともいうべき内容であり、ここで敢えて取り上げる次第であります。


 国劇会館の女性研究者から森江のもとに舞い込んだ依頼――ロンドンで発見された鶴屋南北の未発表台本「銘高忠臣現妖鏡」の内容を彼女に無断で上演しようとしている歌舞伎界の異端児・小佐川歌名十郎と交渉するため、森江は京都に向かうことになります。
 その上演の準備が進む洛陽創芸大学の劇場《虚実座》を訪れた森江は、奔放な小佐川の態度に戸惑いながら、劇中の屋体崩しのテストに立ち会うのですが――巨大な師直館が見事崩れ去った後、そこには小佐川の助手である学生の死体が残されていたのであります。

 それに留まらず、さらに続く奇怪な死――いや殺人。一連の殺人の謎に挑むことを決意した森江は、そもそものきっかけである「銘高忠臣現妖鏡」の奇妙な内容に注意を引かれることになります。
 南北が「東海道四谷怪談」を大成功させた同じ年に、同じく忠臣蔵を題材として執筆されたという「銘高忠臣現妖鏡」。しかしその内容はこれまで知られた忠臣蔵とは似て非なる改変の連続であり、そして何よりも、全く記録に残っていないにもかかわらず、南北の弟子・花笠文京の手記によれば、それは確かに上演されたというのであります。

 さらにこの芝居の一幕として南北の依頼で文京が書いたにもかかわらず、他の部分と全く繋がらない「六大洲遍路復仇」なる幕の存在は何を意味するのか。
 現在と過去、二つの謎に挑む森江が解き明かす、驚くべき真相とは……


 ある過去の大芸術家の幻の作品が発見され、それと前後して現代で事件が起きる――そんなシチュエーションは(時代抜きの)伝奇ミステリの一つの典型ではないでしょうか。
 本作はまさにその典型に沿った作品ではあるのですが――しかし本作が類作の中でも群を抜いているのは、もちろん一つにはその見立て殺人ともいうべき事件の数々のユニークさ、奇怪さによるところがあるでしょう。

 しかしそれ以上に本作に強烈なインパクトを与えているのは、物語の背骨ともいうべき「銘高忠臣現妖鏡」「六大洲遍路復仇」の存在であることは、言うまでもありません。
 常識では考えられない奇妙な内容を持つ幻の作品――そんな作品は、フィクションの中では珍しくないでしょう。しかし本作で描かれるのは、上に述べたように幻でありながらも、確かに上演されたとされている作品。この矛盾に満ちた謎は、伝奇ミステリとして、あまりに魅力的というほかないでしょう。

 正直なところ、この奇怪な忠臣蔵たる「銘高忠臣現妖鏡」が、何を、そして誰をモチーフとした物語なのかは、歴史好きの方であれば、気付くのは難しくないように思います。しかし問題はその先――それが何のために書かれたのか、そのあまりに奇想天外で、かつ巧みな仕掛けに思い当たる人間は、まずいないでしょう。

 しかし本作は、その極めて意外な真相にもかかわらず、同時に我々にとって極めて身近で、他人事ではないと感じられる物語でもあります。それが何を意味するのか、もちろんここでは触れませんが――作中で描かれるものが、残酷血みどろはお手の物の南北の物語よりも、遙かに無惨で悍ましく感じられるのは、その身近さ故とも感じられます。

 それでも、いや、だからこそ、ここで描かれた暴戻に屈せず、人間として、作家として一矢報いようとする南北の、いや作者の強い意志に、我々は胸を熱くせざるを得ないのであります。本作の発表時期と、その後の現実世界の流れを考えればなおさらに……


 正直なところ、この縦軸の仕掛けの凄まじさ故に――上で述べたとおり、それだけで見れば十分にユニークな――現代の事件のインパクトが薄れる点は否めないかもしれません。
 しかしもちろん、本作が過去の物語だけでは成立し得ないことは事実であり――結末で明らかになる、如何にも作者らしい仕掛けも含めて――本作が現代と過去を、虚構と現実を見事に貫いた、本格ミステリにして伝奇ミステリの名品であることは間違いありません。

 そして今を生きる我々に勇気を与えてくれる作品であることもまた……

『鶴屋南北の殺人』(芦辺拓 原書房ミステリー・リーグ) Amazon

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